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迷走と葛藤と決断 4


   こう


 二時の紙芝居の上演でも藤堂さんの姿を見つけることができなかった。

 今度こそはと期待していただけに、落胆も大きくなってしまう。

 やっぱり俺の言葉は藤堂さんに伝わっていなかったのだろうか。

「何、落ち込んでんのよ? あっ、もしかして彼女が観に来てくれないからかー」

 ヤスコの声。見事なまでに図星だ。

「アンタ、まさかまだ報告していないとか。言わなくても判ってくれるなんていう虫の良いこと考えているんじゃないでしょうね」

 図星を付かれたからではなく、たんに言い返す気力も無くなっていたから。言い返さなかった俺にヤスコが言う。

「……言った」

 一応は報告した。でも、その言葉は藤堂さんにはちゃんと届かなかったみたいだ。

「それなら、そんなに気落ちしないの。ちゃんと報告したのなら、そのうち観に来てくれるでしょ。彼女だって楽しみにしてくれていたんだから」

「…………」

「言ったからってすぐに来るとは限らないでしょ。彼女にも、彼女の事情というのがあるんだし。航はどんと構えて待っていなさい。それに来ないのなら、もう一週稽古ができる、より良いものが上演できるチャンスとポジティブに捉えなさい」

 ……そうだよな。

 俺は自分の都合でばかり物事を考えていた。たしかにヤスコの言う通り藤堂さんには藤堂さんの都合があるはず。

 それに稽古の時間が増えれば、もっと藤堂さんを悦ばせることができるかもしれない。

 吹っ切れた。ついでに後悔していたことも馬鹿馬鹿しくなってくる。

 報告が届いていないのなら、しょうがない。それならばまたすればいいだけのこと。

 直接言うのが恥ずかしいのなら、迷惑をかけてしまうというのなら、別の手段を用いればいいだけのことだ。

 古典的な方法かもしれないけど、手紙で報せれば。紙芝居ができたこと、その作品を絶対に観てほしいと伝えればいい。そして、その紙を机の中に忍ばせればいい。人目のある時間にそんなことをしたら恥ずかしいから、誰もいない朝早くにでも登校して入れておけば。手紙には名前なんか書かなくても平気だろう。紙芝居と書いてあればきっと理解をしてくれるはず。

 考える。

 一瞬の思考と思っていたけど、現実の時間では結構な長考だったみたいだ。

 いつの間にか三時前になっていた。

 次の上演のための準備をしないと。

 あの紙芝居は藤堂さんに観てもらうために、悦んでもらうために、楽しんでもらうために、俺が紙芝居で彼女とセックスをしたいという願望のために、創った。だから、いないと上演はしない。

 だけど、それはそれ。

 今は次の上演を楽しみに待っている人達を楽しませることに集中しないと。



   みなと


 市の体育館から近くの駅まで全速力で走る。

 ちょっと手間取りながらも、なんとか改札を抜けてホームの階段を一気に駆け下りる。

 丁度良いタイミングで電車が。これを乗り過ごしてしまったら十分は待たないといけない。

 駆け込んだ車内で、何故か他のお客さんの視線が気になってしまう。みんなが私を見ているような感じがする。

 その理由にすぐに気がついた。

 私はバドミントンのユニフォーム姿。着替えもせずに体育館を飛び出して、電車に飛び乗ったんだった。

 変に目立ってしまって、恥ずかしい。

 だけど車内で、他のお客さんがいる中で着替えるなんてできないし。

 早く電車が駅に着くように祈る。

 二つの意味で。一つは、一刻も早く結城くんが紙芝居をしているショッピングセンターに着くこと。もう一つは、この恥ずかしい状況から少しでも早く抜け出したい。

 それなのに、電車はいつもよりもゆっくりと進んでいるような気がした。


 電車はショッピングセンターの最寄り駅まで行ってはくれない、乗り換えが必要だった。

 目的の駅、というよりも私がいつも使っている駅に、到着したのは午後三時を少し回った頃。

 急がないと、上演が終わってしまう。

 停めてある自転車の籠にスポーツバッグを押し込む。ここから全力で漕げば五分くらいで行けるはず、最後の上演作品には間に合うはず。その作品が結城くんの創った紙芝居とは限らないけど、とにかく行かないと。

 いつもの帰宅の道とは違い、駅からショッピングセンターまでの道は狭い、その上交通量も多くて、自転車で走るのがちょっと怖い。

 押して歩くことを考えてしまう、頭によぎるけど、そんなことをしていたら絶対に間に合わない。

 そのまま自転車で走り続ける。

 走りながら、突然、以前に、屋上で結城くんが教えてくれことが頭の中に蘇ってくる。

 それを実践、ペダルを踏む位置を土踏まずから爪先側へと、母指球と言われる当たりでペダルを漕ぐ、というか回す。

 いつもよりも少し速くなったような気が。

 このまま勢いにのってショッピングセンターへと辿り着きたいのに、上手くいかない。後少しという位置で無情にも赤信号に捕まってしまう。

 なかなか青に変わってくれない。時間だけが過ぎて行く。

 やっと青になってくれる。必至にペダルを回してショッピングセンターの敷地内に到着。駅から近い北側の駐輪所に自転車を停める。

 時間を確認する。三時二十分。

 また全力で走る。

 大きなスポーツバッグが邪魔。走るたびに体にぶつかる。それでも痛いけど我慢して走り続ける。

 走りながら私は大きな失敗をしたことに気付いてしまう。どうして北側から店内に入ったのだろう。紙芝居は南エレベーター前で上演される。それならば南側の駐輪所に停めてから入店していれば、バッグはそんなに邪魔にはならないし、それにこんなに走らなくてもすむのに。

 そんな後悔をしても今更どうなるわけでもない。今は足を必死に動かさないと。

 声が聞こえた。結城くんの紙芝居の声だ。『ながぐつをはいた猫』の終盤に差し掛かっている。猫が頭を使いネズミに化けた魔王を一口で食べてしまう。そして物語はフィナーレを向える。

 紙芝居が終わってしまった。

 間に合わなかった。


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