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迷走と葛藤と決断 3


   こう


 家に帰って、自分の部屋に戻って、自らの行いを鑑みる。

 恥ずかしさのあまり逃げるように帰ってきたけど、俺の言葉はちゃんと藤堂さんに届いたのだろうか。

 慣れないことをしたから、普段していないことをしたから、恥ずかしかったから、かなり早口になってしまった。

 最初の言葉では藤堂さんは驚いた顔をした。つまり、俺の言葉が伝わっていない証拠だ。だから、今度はちゃんと理解してもらえるように言い直した。けど、それも早口になってしまう。

 伝わっていないんじゃ。考えれば、考えるほど、そう思えてくる。

 後悔が強くなってくる。ちゃんと確認しておけばよかった。

 明日、教室で聞いて確認してみるか。

 いや、それはちょっと……。

 こんなことならあの時携帯電話の番号を聞いておくんだった。それだったら誰にも知られずに確認できたのに。それ以前にあんな恥ずかしいことをしなくても完成を伝えられたのに。

 何度目かになる後悔を。

 このまま沈み落ち込んでしまいそうになる。

 いや、きっと大丈夫なはず。少しくらい早口になっていても一応滑舌には自信がある、聞き取れないということはないはず。

 ……多分。……おそらく。

 

 ……ちゃんと届いたと信じよう。



   みなと


「今度の日曜日は市民ホールで合同の練習があるから忘れないようにー」

 結城くんから紙芝居完成の報告を聞き、うれしい気分で部活に励んでいたら、練習後に先生の言葉が。

 すっかり忘れていた。

 前から何度も言われていたんだった。この辺り出身のオリンピックにも出たことのある有名な元選手が来てくれて、そして市内近隣の中高のバドンミントン部を指導してくれるんだった。

 うれしさが私の中で急速に小さくなっていく。

 どうしよう?

 このままじゃ観にいけない。

「はーい」

 私とは反対に恵美ちゃんはうれしそうに返事を。

 楽しみにしていたもんね、その人のことを憧れているって言ってたから。

 だけど私は……。

 行かない、当日はサボるという選択肢が私の頭の中に。

 駄目だ、そんなの。上手く、強くなるためにはこういう合同練習には絶対に参加しないといけないはずだし、それにみんなが参加するのに私一人が不参加なんて。

 ……ああ、でも観に行きたかったな。結城くんの創った紙芝居。



   航


 ちゃんと確認しておくべきなのか。伝わっているのかどうか。

 いや、きっと大丈夫なはず。

 聞くのは一時の恥かもしれない。聞かないで、来なかったら、もしかしたら一生後悔するかもしれないけど。

 だけど、もう一度行うだけの気力はなし。

 だから、信じている。ちゃんと届いていたと。



   湊


 紙芝居は諦めて、合同練習に参加するとは決めたものの、ずっと後ろ髪を引かれるような心境だった。

 観に行きたいな。

 教室で結城くんの背中を見ていると、その想いは強くなっていく。

 そして胸の音も大きくなっていく。

 以前にも何度か、結城くんを見てドキドキするようなことがあった。その時の理由は自分のことながら分からないけど、今の理由は分かる。

 これは期待の音。

 結城くんがどんな紙芝居を創ったのか? それからどんな上演をするのか? 楽しみにしている音。

 だけど、今度の日曜日は観に行けない。

 ああ、行きたかったな。



   航


 日曜日、朝。

 不安と後悔が入り混じったままで目を覚ます。というか、あんまり眠れなかった。

 大丈夫と信じたはずなのに、やっぱり届いていなかったんじゃ、伝わっていなかったんじゃないのかという気がする。それが大きくなっていく。不安に凝り固まってしまいそうになる。

 それでも、もうどうしようもない。学校がある時ならまだ確認をとる手段があった。恥を忍んで確かめることができた。けど、俺には藤堂さんと連絡を取る術がない。

 まあ、そんな術を持っていたらこんなにも悩まずに、すんなりと報告ができたんだが。

 ともかく、天に祈るような気持ちで俺はあの自分で書いた紙芝居を持って家を出た。


 一時、最初の上演時間。

 それなりの人の姿。まあまあの盛況と言っていいような人入り。

 だけど、そこには藤堂さんの姿はなかった。

 やっぱり、あんな言い方じゃちゃんと伝わらなかったのだろうか。

 いや、まだ最初の上演時間だ。多分、この後絶対に来てくれるはずだ。



   湊


 いつもの部活とは違う、市の体育館での合同練習。

 市内の高校だけじゃなくて、中学も、それから周辺のクラブも集まって、体育館の中は熱気と活気、それからめったに受けることのできない有名選手から指導をしてもらえるということで熱心さ、真剣な表情であふれている。

 周囲はそんな状況なのに、私の気分は落ち着かない。

 こんな機会はそんなにないことだから、集中して、上手くならないといけないのに。私は上手く、強くならないといけないのに。そのはずなのに今一集中できない、周りの人達みたいに入り込むことができない。

 できない理由は分かっている。

 私の気持ちがバドミントンにではなく、結城くんの紙芝居にいっているから。

 今どんな紙芝居を上演しているんだろうか? 自作の紙芝居は、完成を報告してくれた作品はもうしたのだろうか?

 気になってしまう。

 そして自問してしまう。

 どうして私は今バドミントンをしているのだろう? 

 そんな自問を慌てて振り払う。私がここにいるのは、バドミントンの練習をしているのは、あくまで自分の意思……のはず。この機会に上手い人から色んなことを吸収して、部のみんなの期待に応えないといけない。上手くならないと、強くならないと。

 下手くそなのに、無駄に高い身長と左利きという理由だけでメンバーに選出してもらっているのだから。

 それなのに集中できない。

 頭の中ではバドミントンに、この合同練習に集中しないといけないと分かっているのに、ちょっとでも気を抜くと結城くんの紙芝居のことを考えてしまう。

 そうすると私の中で観たいという欲求がどんどんと蓄積されていく。

 結果、集中しないといけないのに全然集中できないでいる。

 そんな私とは正反対なのが、バドミントン大好きな恵美ちゃん。

「楽しいよ、それにすごく勉強になる。動画とか本で知っているつもりだったけど、実際に上手い人の動きを生で見ると全然違う」

 と、楽しそうに話してくる。

 こんな熱心な姿を見ていると、少しだけ申し訳のないような気分に。私は恵美ちゃんほどじゃない。それどころか、もしかしたらこの体育館の中で一番不真面目なのかもしれない。

 そんな人間がいてもいいのだろうか?

 少ない時間とはいえ、参加している人はみんな指導をしてもらえる。

 不真面目な私がいるということは、その貴重な時間を、本当に上手くなりたい人達から奪っているのではないだろうか。

 申し訳なさが強まっていく。

 と、同時に結城くんの紙芝居が観たいという想いがより一層大きくなっていく。

 それでも我慢を。

 期待されているから、強く、上手くならないと。

 そうは思っているはずなのに、私が今本当にしたいのは……。

 私の中で逆転が。

「……ごめんなさい。私、帰る」

「えっ? ちょっと湊ちゃん」

「行かないといけないから、大事な約束があるから。先生に言っといて」

 隣にいる恵美ちゃんに早口で伝えると、私は自分のスポーツバッグを持って体育館から飛び出した。


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