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迷走と葛藤と決断 2


   こう


 決めた、決心した。

 そのはずなのに、俺の身体は藤堂さんのいる場所へと一向に向かおうとはしなかった。

 遥か彼方、三千里も離れた地にいるわけじゃない、妖怪どもが跋扈するような土地を西へと進むわけじゃない、ほんの数秒で移動できる同じ教室内にいるのに。

 行けないのには、完成を伝えられないには理由が。

 校内で、クラスに人間がいる前で紙芝居のことを話題にする恥ずかしさも多少あるが、それ以上に多くの目がある中で俺が藤堂さんに話しかけたりなんかしたら迷惑になってしまうかもしれないから。

 だから、一人になってくれないかな、そんなことを祈りながら藤堂さんを時折盗み見るけど、そんな兆しは全く見えない。

 そのまま放課後になってしまう。

 今日は駄目だった。けど、明日はきっと。

 そんな決意を懐きながら席を立とうとした。

 その時俺の中にある考えが

 今日駄目だったことが、明日には確実にできるという保証はあるのか?

 同じことを延々と繰り返してしまい、つまり報告できないままで時間だけを無駄に過ごし、挙句の果ては、上演するチャンスを延々と、それこそ永遠に逃してしまうんじゃ。

 そして藤堂さんも紙芝居への興味を失ってしまう。

 そんな最悪な未来予想図が脳裏に浮かんでくる。

 そんなのは嫌だ。だから、絶対に伝えないと。

 後ろの、藤堂さんの席を慌てて見る。

 いない。

 周囲を見渡して探すと、友人と一緒に教室から出ていく背中が見えた。

 身体が勝手に動いた、藤堂さんを追いかける。

 全力疾走。

 放課後、生徒でごった返した廊下。すぐに追いつく。

 追いついたのはいいけど、どうやって話しかけようか。全然考えていなかった。

 考えている間に、手を伸ばせば届きそうにあった背中が遠くへと行ってしまう。

 駄目だ、何か言わないと。

「……藤堂さん」

 呼び止めるつもりなんかなかったのに、よく通る俺の声が廊下に響く。

 何人かの生徒が振り向く、その中には藤堂さんも。

 呼び止めることに成功した。

「……えっ?」

 突然、声をかけられて戸惑い、歩みを止めた藤堂さんに俺は一歩、また一歩と近付く。

 緊張してくる。これはある種の告白のようなもの。そう思うと、なおさら。

「……できた」

 緊張と焦り、それから口の渇きで上手く言葉が出てこない。それでも必死の想いで紙芝居が完成したことを伝える。

 戸惑った表情のままだった。もっと喜んでくれると思ったけど期待外れだったのか。いや、ヤスコからも何回も指摘されたことがある、言葉の主語が抜けているから藤堂さんにちゃんと伝わっていないんだ。

「紙芝居完成したから。……絶対に観に来てほしい」

 またもや早口になってしまうが、今度はしっかりと紙芝居の完成を報告する。

 言い終わったのに緊張は消えてなくならない。言い出す前よりも恥ずかしくなってくる。

 俺はそのまま藤堂さんの横を駆け抜ける。一目散に昇降口に向かい、靴を履きかえる。そして自転車置き場で自分の自転車を取り出して全速力で家に。

 朝には持ってきたはずの荷物を全部教室に忘れたままで。



   湊


 部活へと向かう廊下で、突然名前を、というか苗字を呼ばれた。

 この声はよく知っている。けど、学校内では話すことができない声。

 もしかしたら聞き間違いだろうか。今年に入ってからはまだ一度も観に行っていないから、観に行きたいと望んでいるから聞き間違えてしまったのだろうか。

 脚を止めて振り返って確認する。間違いじゃなかった。声の主は結城くんだ。

 でも、どうして?

 疑問に思ってしまう。戸惑ってしまう。それが小さく声になって漏れる。

「……できた」

 少し早口で結城くんは言う。いつもとは違い緊張しているような声。

 なにが?

「紙芝居完成したから。……絶対に観に来てほしい」

 もう一度結城くんが声を出す。今度も早口。すごく緊張しているのが伝わってくる。言い終わるとそのまま私の横を猛スピードで駆け抜けていく。

 驚きで、ビックリして、声はちゃんと耳に届いたけど、その内容を理解するまでに少し時間がかかる。

 結城くんの姿が見えなくなってから、ようやく言葉が脳に届く、理解する。

 あの時、ショッピングセンターで話していたあの紙芝居が完成したんだ。

 もしかしたら私を傷付けてしまうかもしれないと結城くんが危惧していた、だけど私は観たいと望んだ紙芝居が、できたんだ。

 うれしさが、幸せな気持ちが私の中で爆発するように全身に広がっていく。

 観たい。絶対に観たい。

 観に来てほしいと言葉が続いていたけど、そんなことを言われなくても約束したんだから絶対に観るつもりだ。

 本当にできたんだ、書き上げたんだ。

 創作で苦しんでいるかもしれない背中をこの教室で見ていた。もしかしたら私を傷付けてしまうんじゃないのかと悩んでいたのも知っている。

 ずっと見ているだけだった。応援は心の中でしかしてこなかった。

 けど、その作品がとうとう完成したんだ。

 すごいと思う、本当にすごいと思う。でも、それ以上にうれしいと思う。

 目がちょっとウルウルとしてくる。涙がこぼれそうになるのを必至に堪える。

 何度目だろう、うれしくて出る涙は。

「湊ちゃん、なんか酷いことでも言われたの?」

 一緒に部活に向かうために歩いていた恵美ちゃんが心配して。

「ううん」

「でも、泣きそうになっているよ」

 泣きそうになっているのは事実だけど、それは酷い言葉をかけられたからじゃない、その反対。

「大丈夫。変なことなんか言われていないから」

 このまま黙ったままだと結城くんが悪者になってしまうからフォローしておく。

 だけど、紙芝居のことは内緒。

 結城くんのする紙芝居が好きというのを公言するのは恥ずかしい。それに、このことは結城くんと二人だけの秘密にしておきたいような気がしたから。


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