かんせい?
航
ヤスコが紙芝居の画を仕上げてくれるのは年明け以降に、もしかしたら年度末くらいになるんじゃないかと予想していた。
それなのに、年内に描き上げてくれた。
完成した紙芝居を年末の慌ただしい中で受け取る。その際に、年明けの稽古初日にみんなの前で披露するようにという厳命を。
この紙芝居は藤堂さんに観てもらいたくて創った作品。
その藤堂さんよりも先に他の人の前で上演するなんて、と思ってしまうが、厳命だから逆らえない。ならば、本命の前で恥をかくくらいならば、経験豊富なお姉さま方に観てもらい、ダメ出しを受けて、問題点を徹底的に洗い出し、稽古を重ね、改善し、楽しめる紙芝居に藤堂さんを披露するのが得策かもしれない。
俺は自分の創った紙芝居で藤堂さんを傷付けたくない、レイプなんかしたくない、望むのは彼女を悦ばすこと、セックスをすること。
そういえば昔、あの人から聞いたことがあった。コチラの伝えたい芝居が百あったとしても、観ている側に十も伝わらない。
現段階ではおそらく俺の想いの一も藤堂さんには届かないかもしれない。
自分で書いた文章を読む恥ずかしさもまだ完全に払拭できていないし。それに我ながら、どうしてこんな面倒臭い紙芝居を創ってしまったのだろうか。
だったらなおさら、お姉さま方に見てもらわないと。
そうは思うのだが、ちょっとだけ気が重いのは紛れもない事実。
年明け最初の稽古日、俺の前には三人のお姉さま方が。
いつもの稽古場のはずなのに、ここで何十、何百回と紙芝居の稽古をしているはずなのに、すごく緊張してくる。なんとなく空気が張りつめているような気が。
三人の目、つまり六つの瞳が俺を凝視する。ヤスコと舞華さんはともかく、いつもは優しいゆにさんまでも真剣な顔で俺を見ている。
この三人の前で変な上演なんかできない。
緊張が強くなってくる。地に足は着いているけど、少し震えてしまう。
まだまだ人前で披露するのには程遠いできの紙芝居を開始する。
最後までなんとか上演はできた。……けど、声が持たなかった。
終盤は、いやもしかしたら中盤くらいからずっとおかしな声になっていたかもしれない。
三人の口はまだ開いていないけど、表情からそんな気が。
「演り方を変更すべきじゃないかな」
最初に口を開いたのは舞華さん。
「えー、でもそれだと航くんの紙芝居じゃなくなるような気がするな」
これは、ゆにさん。
「けど、最後まで声が続かないのは問題だ。観る側も苦痛になってくる」
「でも、途中はともかく最後に変な声になっていくのは演出上有りだと思うけどな」
「そこは否定しない。でも現状は、それを意図的にやったではなく、そうなるしかなかったってこと。聞き辛いような音だとやはり無理がある」
「でもね、真剣に伝えようとしていれば、そんなの関係なく伝わるんじゃないのかな」
「それは相手の都合によるだろ。演じる側はちゃんと伝わる音を出さないと」
「でも、この紙芝居を観せるのは、航くんの上演をすごく楽しみに待っていてくれている子なんでしょ。それなら、気持ちを込めてしていれば絶対に伝わるって」
「だけど、上演はその子一人のためにするわけじゃないだろ」
「……そうだよね。……他にも観る人もいるもんね」
「まあ他の理由としては、無理をして航の喉が潰れても駄目だし」
「それは、そうよねー」
やはり俺のいつもの演り方は駄目なのだろうか。変えたほうがいいのだろうか。
舞華さんとゆにさんの話を聞きながら考える。
「で、航はどうしたいの?」
今まで黙っていたヤスコが、普段は黙れといってもしゃべり続けているのに、口を開く。
考える。たしかに言われたとおりにするのが無難であるのかもしれない。が、このままで行きたいという気持ちもある。
ずっとこの演り方で、あの人と同じように、紙芝居を行なってきたから。
一人で稽古をしている時も当然この欠点に気が付いていた。けど、稽古を重ねているうちに少しずつではあるけど改善しているような気もするし。
このまま行きたい。だけど、喉の負担が大きいのは紛れもない事実だ。
「……このままで」
擦れている、出ているのか、届いているのか判らない声で言う。
「判った。……それじゃこのままの演り方で。けど、このままだと披露する前に航の声が先に潰れるのは明白だから少し変えるから。まずはね、アンタは最初から飛ばす癖があるから、出だしは大人しめにすること。それを徹底的に身につけて。……それから最後は声がグダグダになるというのは演出的にゆにが言うように有りだから、その辺りを計算しながら演るように」
本当にこういう時には頼もしい存在になるな。
しばし時間を置いて、また声が出るようになってから再び三人の前で上演を。