セックスorレイプ 3
湊
うっかりしていた。
結城くんの背中が最近小さく、暗く映るようになったのはきっと紙芝居の創作に行き詰っているからだと想像していたのに。それなのに、よりによってそのことをいきなり、それもストレートに聞いてしまうなんて。
もっと遠回しに聞くつもりだったのに。
どうしよう。結城くんの表情が物語っている、聞いてはいけないことだったんだ。
これが原因でこの後の紙芝居に影響が出てしまったら私の責任だ。
何か他のことを。フォローしないと。
それなのに頭の中が真っ白になっていく。
「……書いた……一応」
そんな私の耳に結城くんの声が。声を聞いた瞬間、まるで霧がかかったように真っ白になりつつあった私の頭の中が急速に晴れていく。
「本当?」
すごい。結城くんは物語を創ったんだ。
「……でも没になった」
「どうして没になったの?」
せっかく創った作品なのに、どうしてだろう。
「……面白くなかったから。それでヤスコから没と言われた」
少しの間があってから結城くんが。その声はさっきの紙芝居とは全然違うもの。
本当に面白くないのだろうか? 判断したのはヤスコさんだけだろうか。だとしたら、もしかしたら他の人、例えば私とか、が読んだら面白いのかもしれないのに。
「どんなお話なの? 知りたいな?」
そう、知りたい。興味がある。結城くんがどんな紙芝居を書いたのか。観てみたい。あんなに考えていたのだから、苦しんでいたのだから、その成果をこの目で見てみたい。それも、できれば上演というかたちで観てみたい。
けど、結城くんは答えてくれない。黙ってしまう。
やっぱり聞いてはいけないことだったのだろうか。
それでも知りたい。だけど、これ以上は聞いてはいけないような。
「……前に学校の屋上で紙芝居はセックスと同じっていう話をしたよね」
「うん」
憶えている。
よく憶えている。あの時はその言葉ですごく赤面した記憶が。もっともその後で……。
「そのつもりで書いた。……だけどヤスコに見せたら指摘された。……セックスじゃなくて、レイプになってしまう、藤堂さんを傷付けてしまう可能性があるって」
レイプという単語は出てこなかったはず。
それに私を傷付けてしまうとはどういう意味なのだろう?
分からない。紙芝居とレイプの関係性、それから私が傷付くということ。
……でも、結城くんのする紙芝居なら少しくらい傷付いても構わない。
私はもう何回も望まないセックスを、それこそレイプといってもいいかもしれないような性行為の強要を受けているから。
「……観たいな、その紙芝居」
観たい、その紙芝居を観たい。どんな紙芝居か観てみたい。
自分の想いをハッキリと結城くんに伝える。
私の気持ちを言葉にして伝えた途端、さっきまで沈んでいた結城くんの顔が一瞬で明るくなった。
航
藤堂さんの言葉は、ずっと俺の中にあった悩みや葛藤、それに苦痛を全ていっぺんに吹き飛ばしてくれた。
観たいと望んでくれている。
たったそれだけのことなのに、天にも上るようなうれしさ、喜びが留めなくあふれ出してくる。
幸福という感情が俺に中で一気に溢れ出る。
こんな気分を俺一人で独占してしまうのは勿体ない、周囲の人々にお裾分けしたいような心境にかられるけど、流石にそれは自重する。そんなことをしても事情を知らない人には迷惑になってしまうだろうから。
「……本当に観てくれるの?」
確認の言葉を。もしかしたらさっきのは俺の聞き間違いという可能性も。もしそうだったらこの喜びは糠喜びになってしまう。
「うん、観たい」
藤堂さんは力強い言葉で返してくれる。
聞き間違いなんかじゃない、俺の創る紙芝居を望んでくれているんだ。
「……観てほしい……絶対に……藤堂さんに……」
情けない話だけど、俺の声は震えてしまっていた。ここで格好良く言えれば決まるのかもしれないけど、そんなことができるだけの経験値は俺にはない。胸を張って言うようなことじゃないけど。
「うん、絶対に観るから」
うれしさで弾んでいる音のように聞こえる。
うれしさが増大していく、爆発していく。
もうすぐ次の上演時間なのにそれどころではなくなってしまう。
心臓は早鐘のように動き続け、うれしさで地に足がつかないような感覚。
こんなんじゃ久し振りに観に来てくれた藤堂さんを楽しませることができなくなってしまう。残念な紙芝居の上演になってしまう。
落ち着こうと思いはするものの、なかなか落ち着けない。