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セックスorレイプ 2


   みなと


 昨日の夜は試験勉強をしていて、寝るのがいつもよりも遅かった。それにベッドに、布団の中に潜り込んでからも、ちょっとだけ明日の日曜日が楽しみでなかなか寝付けなかった。

 結果、目が覚めたらもうお昼近くに。

 急いで支度をして出かけないと。

 寝付けないままでベッドの中で立てていた計画では、紙芝居の上演前に結城くんに話しかける予定だったのに。

 自転車を漕ぎ、ショッピングセンターを目指す。

 漕ぎながら私の中に、嫌な考えというか、予感のようなものが沸き上がってきてしまう。私が試験期間ということは当然結城くんも試験期間に。もしかしたら結城くんは試験勉強をするために今日の紙芝居には来ていないかもしれない。

 どうしよう?

 戻ろうかな。でも、今日しか行く機会はない。

 行こう。それで、もしいなかったら、その時は残念だったと諦めよう。

 私の予感は、見事に外れてくれた。結城くんは紙芝居の上演をしている。

 教室で見た、落ち込んだような雰囲気を微塵も感じさせずに、観ている人達を楽しませようと奮闘している。

 やっぱり面白いな、楽しいな。

 遅れてきたから、少し離れた位置で邪魔にならないように観る。

 楽しい時間はあっという間に終わってしまう、紙芝居の上演が終了する。

 行かないと。

 私なんかじゃ全然力になれないかもしれないけど、もしかしたら単に私の杞憂、勘違いという可能性もあるけど、それでも微力であっても結城くんに何かをしたい。

 あの時話を聞いてもらったことへの恩返しを。

 結城くんのいる方向へと歩き出す。歩きながら考える。来ることばかりに頭が行き過ぎていて、どうやって話しかけるのか全然考えていなかった。

 考えが纏まらないままで、結城くんの傍に。

 結城くんが私に気がつく、目が合う。

 その瞬間、結城くんの表情が一瞬だけど強張ったような顔に。



   こう


 上演中は集中していたから、悩み事は、未だに決められない苦悩は、俺の中から姿を消してくれていた。

 このままずっと消えていれば、そのまま消滅してくれれば。

 そう思うのに、藤堂さんの顔を見た瞬間ぶり返してきた。

 本来なら藤堂さんが紙芝居を観に来てくれた、それは非常に喜ばしいこと、嬉しいことのはずなのに。

 自分でも判るくらいに表情が固まって、強張ってしまう。

 こんな顔を藤堂さんには見せられない。

 表情筋を無理やり動かし、口角を上げて笑顔を作り出す。



   湊


 私の顔を見た瞬間、結城くんの表情が固まったような気がしたけど、それは気のせいだったのだろうか。

 結城くんは笑みを浮かべて私を迎えてくれる。

 話を聞くために、もちろん紙芝居を楽しみというのもあるけど、来たはずなのにどう話そうか全然頭の中に浮かんでこない。

 そんな私に、

「観に来てくれたんだ、ありがとう。でも、試験勉強は大丈夫なの?」

 と、結城くんから。

 うん、試験勉強は大丈夫……のはず、昨日は遅くまで机の前にいたから。だからこそ今日は寝坊してしまい、紙芝居の最初の上演を見逃してしまった。

 それよりも、結城くんこそ大丈夫なの?

 私同様に試験勉強があるはずなのに。

 いや、それも心配だけど、それよりももっと心配なことが。それを聞くために来たんだ。

 けどそれをストレートに本人に、最近何か悩みとかないの? と訊くのもなんだし。もっと別の話題から入って、徐々に本題へと。

 うん、そうしよう。

 それじゃ何か話そうか? 考える。頭の中に浮かんできたのは、

「あのね、結城くんに訊きたいことがあるの」

「……何?」

「前にヤスコさんが言っていた紙芝居の創作、あれからどうなったのかって?」

 私の言葉に結城くんの表情が凍り付いてしまう。

 


   航


 答えられない。

 書くには書いた。

 君と紙芝居を通してセックスしたいという一心で、苦悩し、苦心し、それでも何とか書き上げた。

 だけど、俺の意図とは正反対のレイプに、藤堂さんを傷付けてしまう可能性を孕んでいる。

 言えない。

 一時いっときあまりに悩み過ぎて本人に、「セックスをするつもりで書いたけど、レイプになってしまう危険性がある。それでも観たい?」と、直接尋ねようかと考えてしまったけど、こんなこと絶対に言えない。

 それに今はヤスコの助言に従おう、別の作品を書こうという方向へと傾きつつある。

 藤堂さんが不安そうな、心配そうな顔をしながら俺を見ている。

 答えないと。

 嘘をつこう。本当は書いたけど、それを知っているのは俺とヤスコの二人だけ。

 そのはずだったのに、

「……書いた……一応」

 俺の口からは本当のことが。

「本当?」

 俺の言葉に藤堂さんの表情が綻ぶ。

 そんなにも楽しみにしてくれていたんだ。嬉しさと同時に、申し訳ないという気持ちが。

 その紙芝居は傷つけてしまう、レイプになってしまうかもしれないから。

「……でも没になった」

 そうだ、没を食らったんだ。だからあれは封印、破棄する、お蔵入りにする。

「どうして没になったの?」

 没になったことを報告して、この話を切り上げるつもりだったのに藤堂さんはなおも質問を。

「……面白くなかったから。それでヤスコから没と言われた」

 本当の理由は違う。諸々あるのだけれど、最大の理由は一番楽しませたい相手を傷付けてしまうかもしれないから。

 嘘をついて誤魔化す。

「どんなお話なの? 知りたいな?」

 無邪気な笑顔を俺に見せながら藤堂さんが言う。

 言えない。

 黙ってしまう。

 無言が、沈黙が。

 傾きかけていた決断が、突如反対へと大きく振れてしまう。

 あの作品への未練のようなものが、急速に俺の中で増大、肥大していく。

「……前に学校の屋上で紙芝居はセックスと同じっていう話をしたよね」

「うん」

「そのつもりで書いた。……だけどヤスコに見せたら指摘された。……セックスじゃなくて、レイプになってしまう、藤堂さんを傷付けてしまう可能性があるって」

 こんな話を、こんな場所でするのは相応しくない。そんなことは百も承知しているけど、つい吐露してしまう。

 言ってから後悔を。

 絶対に藤堂さんに嫌われてしまう、気持ち悪いと思われてしまう。

「……観たいな、その紙芝居」

 藤堂さんの優しい声が、耳を通して俺の脳内に響いた。


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