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カクという行為 4


   こう


 書けない、本当に何も。

 文章を作成するどころか、ただの一文字すらノートに書き残せないでいる。

 あれからずっとノートに向き合って創作活動を行っているのに一歩も前進できないまま。握りしめたシャーペンは動かない、いやこれには語弊が、動くには動いたし、一応文字も書いた、だけど書いた文字はそのままノートに残ることなく全て消しゴムできれいさっぱりと消去。

 頭の中のアイデアと文章が乖離していたから。

 これだけ苦悩し、苦労しているんだ、少しくらい前進の兆しを、進展を見せてくれてもよさそうなものなのにそんな都合の良い事は起きてはくれない。

 アイデアが浮かんでから早数日、もはやそのアイデアも脳内で薄れていってしまっている、ということはなくまだ鮮明に存在していた。

 それを文字にするだけなのに。

 それなのに、書けない。

 もしかしたらこのアイデアは蜃気楼のようなものなのかもしれない。近付こうと苦悩しているのに、努力を重ねているのに、その度にどんどんと遠ざかっていくような感じが。

 ならば、敢えて遠ざかるのも一つの手段かもしれない。

 書くという気持ちが強すぎて、かえって書けなくなっている可能性も。

 一時、書くことを停止することに。

 書くという行為から離れてみることに。

 無理に足掻くから余計に書けなくなるのではと考えてみた。

 気分転換を。

 フラットバーロードで久しぶりに走りに行く。ここ最近はずっと創作に時間を取られて乗っていない、それに寒くもなってきたから走っていない。

 気持ち良かった、楽しかった、そのはずなのに走り終わってからしばらくして後悔を。あの走っている時間で、もしかしたら書くことができたかも、と。

 再びシャーペンを握りしめて灰色になっているノートと対峙した。

 書けない。

 書くことには書いたが、すぐに消してしまう。

 こんな文章では絶対に藤堂さんを楽しませることなんかできない。

 もっと良い文章を書かないと。

 そうじゃないと藤堂さんを喜ばすことができない、楽しませることなんかできない、笑顔にするなんて絶対に無理。

 あまりの書けなさに、不甲斐なくなってきて泣きそうな気分に。

 気分どころじゃなく、実際に視界が勝手にあふれ出てくる涙で徐々に歪んでいく。

 けど、泣いたところで創作が進展するわけじゃない。

 泣いた分だけ文章が書けるのであればいくらでも泣き喚いてみせるのに。

 でも、現実は泣こうが喚こうが書けないものは、書けないまま。

 悔しくなってくる、己の無力さが。

 こんなことならばもっと書くという行為の訓練を積んでおくんだった。そうすればこの頭の中のイメージを上手く文章に変換できたはず。

 いや、多分訓練を積んでもやはり書けないのでは。なにしろ俺には創作という才能が見事なまでに欠如している。

 そんな人間がいくら時間を費やし、努力を重ねても、結局は無駄だ。

 ……意欲がなくなっていく。

 ……どうでもよくなってきた。

 挫けてしまう、心が折れてしまう、もう無理と諦めてしまう。

 別にもう、紙芝居を創作して藤堂さんを喜ばせる必要はないんじゃないのか。

 あの時ショッピングセンターでは暗い顔をしていたけど、教室ではもうその影はないし。

 それに第一、あの時は紙芝居じゃなくて、話を聞くだけだったけど、それでも少しは力になれた。

 紙芝居に固執する必要なんかないんじゃ。

 別のことで藤堂さんを喜ばせる、楽しませることができれば。

 だけど、俺に何ができるのだろうか?

 屋上で、もし藤堂さんに告白することができていたならば、彼女の顔をあんなに曇らせることはなかったのに。だけど、俺にはそれを行う勇気がなかった。演者とファンという関係を壊すのが怖くて、現状維持を望んだ。

 だからこその結果だ。

 俺は藤堂さんの横には居られないし、さらには逆恨みを受けてしまう。

 ……なりたかったな、彼氏彼女の関係に。

 そして、藤堂さんと色んなことをしたかった。

 手を繋いで一緒に歩きたかった、キスをしたかった、そしてできるのならその先に、心も身体も繋がりたかった。

 思春期の男子だ。そういうことはすごく興味がある。まだ経験はないけど、好きになった子とそういう関係になりたいと思うのは至極当然な思考のはず。

 だけど、俺は藤堂さんとそんなことはできない。

 俺は藤堂さんの彼氏じゃない。藤堂さんには付き合っている男がいる。

 けれど、出来得るならばそういうことを。

 いつかのあの時に手のひらの柔らかさを思い出す。

 手だけじゃない、他の部分にも触れたい。布に覆われたいつもは隠れている魅惑的な部分に触れたい、触れるだけじゃなくて貪りたい、そして秘所に俺の一部を入れたい。

 甘美な、幸せな妄想にしばし浸る。

 すぐに現実に戻る、そんなことはできない、夢物語だ。

 したかったな、藤堂さんとセックス。

 セックス。

 頭の中に屋上での記憶が突然蘇ってきた。紙芝居はセックス、と話したことを。

 現実にはセックスできない、藤堂さんと繋がれないのであれば、紙芝居でセックスすればいい。

 そのためには創らないと。

 折れてしまった創作への意欲が復活する。

 俺は紙芝居で藤堂さんとセックスする、俺の創った紙芝居で彼女を喜ばせる……いやセックスなのだから悦ばせる、こっちの文字の方が相応しいか。

 冷静に鑑みると、この思考は我がことながら正直気持ち悪いと思う。

 でも心の中に宿った情熱、というか欲望、下心は止まらない。

 俺は紙芝居で藤堂さんとセックスがしたい。そして心の底から笑っているような笑顔になってもらいたい。

 こんな気持ちになったけど、実際にはまだ一文字も書けていない。

 それでもようやくトンネルを抜けた、生み出すのだから産道を抜けたのか、いやこれはまだ早いか、とにかく前進できたような気分だった。



   みなと


 苦しんでいる結城くんの背中が、少しだけ元気になったような気が。


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