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カクという行為 3


   こう


 書けない、一文字も。

 紙芝居のアイデアが頭の中に降りてきたというのに。

 なんとか文章に書き起こさないと、そう焦って書くための努力を一応続けてはいるのだが、全然書けない。

 これは俺が文章を書けからじゃない。

 現にこれまでの人生で、作文や読書感想文を書いてきた。決して上手い文章ではないが、まあ有体に言って下手だけど、それでも何とか四苦八苦しながらも既定の枚数を文字で埋めることはできていた。つい此間だって反省文を原稿用紙数枚分書いた。

 それなのに書けない。

 書くべきことが思いつかないわけじゃない、書くべきことは脳内に鮮明に存在している。

 なのに、書けない。

 もがいて、足掻いていれば、そのうち書けるだろうという希望に縋り、机の前で苦悩するがそれでも全然書けない。

 もしかしたら出だしさえ書ければ、その後はスラスラと書けるような気がしないでもない。けど、その肝心の出だしで見事に躓いている。

 惜しいことをしたと後悔が。あの時、ちゃんと憶えてさえいれば、今頃は完成とまでいかなくとも、それでも出だしは書き上げていたはず。

 このまま書けないままなのか。

 ならば発想を転換してみようか。最初から無理に書こうとせずに、書ける場面と、書きたい箇所から先に書いてみるというのはどうだろうか。

 挑戦してみることに。

 ……しかし、あえなく敗退。やはり書けない。

 書けない理由は俺自身ではなく、執筆環境にあるのではと、自分の不甲斐なさを棚に上げて責任転嫁のような考えを。

 案外これは正解かもしれない。これまでずっとシャーペンでノートの上に文章を書くことに固執していた。しかしながら、俺の知る限りだけど、ヤスコもあの人も何かしら文章を書く時はパソコンを使用していたような気が。

 俺も自室にある貰い物の古いデスクトップのパソコンでの執筆を試みてみることにした。

 ……やっぱり駄目だった。

 パソコンのハードディスクの中には執筆作業を妨げるような魅力的なコンテンツが山のようにインストールされている。さらにいうとネットの世界にも繋がっている。

 書けているのなら、それらの誘惑に打ち勝ち執筆できるのだろうけど、書けないからついつい他所事へと行ってしまう。

 貴重な時間を、遊びに費やしてしまった。

 パソコンでの執筆は諦めて、再び古典的な手法に。

 だけど、書けないことには変わりない。

 一瞬でアイデアは生まれたのだから、執筆も一瞬ですんだらどんなに楽なんだろう。

 そうすればこんな苦しい時間を過ごさなくてもすむのに。

 けど、そんなことは不可能だと判っている。脳内の映像が一瞬で文章になる。そんなのは夢物語だ。遠い未来、もしかしたら実現するかもしれないけど、今現在では不可能だ。

 生み出すというのはこんなにも辛いことなのか。

 そういえば、ゆにさんも悪阻で苦しんでいたよな。それに結構難産だったと聞いたな。

 それでも無事産まれたから目出度いけど。

 ああ、出産と紙芝居の創作を一緒にするのはどうかと思うけど、なんだか同じ生みの苦しみのように思えてきた。

 まあ、俺は男だから一生出産の経験なんて体験することはないけど、もっともその前に出産に至る前段階の行為ですら経験したことないけど。

 そんな馬鹿なことを考えている暇があるのなら創作に、文章の創造に思考を巡らせないと。 

 そちらに思考が働かない。

 余計なことばかりに脳内が活性化してしまう。

 結果、全然書けないまま。



   みなと


 結城くんの背中が苦しんでいるように映った。

 またあの時のように何かあったのだろうかと心配に。

 心配しながら、あることを思い出す。

 結城くんは紙芝居の創作に挑戦中。

 もしかしたらその紙芝居の創作で悩んでいるのでは、と。

 あの日、私の後悔を聞いてもらった、そしてそんなに気にしなくてもいいと言ってもらった。その後、私が電話でちょっと席を離れている間に、結城くんの様子が一変していた、私の声が聞こえないくらいに何か考えごとに集中していた。

 きっと、そうに違いない。

 学校では結城くんと話すことができない。

 今週は部活で紙芝居を観に行くことができない。

 だから、話せない。

 その代わりに、心の中で悩んでいるような小さな背中にエールを送る。


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