カクという行為 2
航
忘れてしまった、いつの間にか除去されてしまった。
自転車での登校中に、出だしの文章の構築に成功。これでようやく一歩前進、停滞していた作業が進展するはずだった。
ずっと机の前で唸っていたのが駄目だったのだろうか? こうやって身体を、全身を適度に使用、運動することによって脳細胞が活性化され事態が好転したのではなかろうかと考察してみる。
まあそれはともかく喜ばしいことには変わりはない。
ある種高揚した気分でペダルを回す。朝食を抜いてきてしまったのだから、本来ならばエネルギー切れを起こしてもおかしくないのに自転車は快適に進んだ。
意気揚々と教室の一番前の真ん中の席、つまり自分の席に腰を下ろす。
机の上にノートを出し、灰色になっているページを開け、脳内でできた文章を書き記そうとした。
なのに出てこない、一文字も思い出せない。
ほんのついさっきまで脳内に、たしかに文章があったはずなのに。
思い出そうと必死になるが、それは無駄な努力に終わってしまう。
どれだけ記憶の回復に努めても、ちっとも思い出せない、一文字すら出てこない。
だがしかし、全てを忘れてしまったわけじゃなかった。不幸中の幸いとでもいうのだろうか、構築した文章は脳内から除去されてしまったが、大本であるアイデア、というかイメージはまだちゃんと脳内に保存されていた。
きっと、今はもう思い出すこともできないあの文章は駄文だったに違いない。そんな文章で紙芝居を創ってもヤスコから合格はもらえないはずだし、それに藤堂さんも喜んではくれないだろう。
そんな風に自分を慰めようとしたけど、やはり惜しいような気が。
再度思い出そうと挑戦を。
……出てこない。忘れてしまった文章はもちろん、新しい文章も。
授業そっちのけで、こんなに考えているのに。もしこの世に神様が存在するのならば、少しくらいこの哀れな子羊に救いを与えてくれてもいいのに。
考えているのがそのうち嫌になってくる。
なんでこんなに苦しい思いをしないといけないんだと気持ちが落ちてくる。
恨み言の一言でもいいからヤスコに言いたい気分がふつふつと湧き上がってくる。まあ、言ったら言ったで、その何倍ものお返しを喰らうんだろうけど。それにこの教室内にはその文句をぶつける相手はいないし。
シャーペンを握りしめたままで苦悩する。
このまま書くか、それとも諦めて別の作品を創るべきなのか。
やっぱり、いきなりオリジナル作品の創作といった無謀なことはしないで、既存の作品を紙芝居にするという方針に今更ながら転換したほうが良策なのではと。そこにはお手本になる文章が存在する。一から文章を考える必要なんかない。なんならほぼそのまま書いてもいいはずだし。そうすれば書くという練習にもなるはず。
だけど、この脳内で鮮やかに、かつ躍動しているアイデアを捨ててしまうのは正直もったいないような気が。
どうしよう?
本来考えないといけないことは別のことなのに思考はそちらに傾いてしまう。
どっちにすべきか?
何気なく教室を見渡していると藤堂さんの姿が目に。
一瞬目が合った。
微笑みかけてくれた……ような気がした。
そうだ、俺は藤堂さんを楽しませるために紙芝居を創るんだった。
さっきの微笑みよりも、もっと輝く笑顔になってもらいたいんだ。
文章のことばかりに囚われていてすっかり失念していた。
だったら、創るべき作品は、書くべき紙芝居はこの脳内にあるもののはず。
絶対にこの作品を書き上げる。
決意を新たにして、俺はまた苦しみの中へと舞い戻った。これだけもがき足掻いていれば、いつかは絶対に書けるはず。
そう信じて。
湊
昨日の別れ際に結城くんの様子がちょっとおかしかったのが気がかりだった。
それが今日も継続している。
どうしたんだろう?
こんなことなら昨日聞いておけばよかった。学校では結城くんと話せないから。
結城くんの中に憂いがあるのなら、それがすぐにも解決することを心の中で祈る。
本当なら、昨日の私がしてもらったように話を聞くのが一番の特効薬なのかもしれないけど、それはできない。
だから、結城くんの背中を見ながら祈るだけだった。




