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ソウサクノウ 6


   みなと


 電話は先輩からだった。

 昨日は用事があるから会えないと言っていたのに、急に今すぐに来い、と言う。

 ……行かないと。

 本当は行きたくなんかない。このままここに留まって結城くんのする紙芝居を観たい、楽しみたい。けど、後が怖いから。

 電話を切って力なく結城くんのいるベンチまで歩く。バッグを持つ。

「……話を聞いてくれて、ありがとう。……それから、ごめんなさい。行かないといけないから」

 結城くんに告げる。

 紙芝居を観ることはできなかった。紙芝居で元気をもらうことはできなかった。それでも、こうして短い時間だったけどしゃべることができて楽しかった。横に座っているのが、ドキドキしたけど、心地良かった。

 希望は叶えられなかったけど、それと同じくらいの成果があったような気が。

 話を聞いてもらって本当によかった。

 なのに、結城くんの反応がない。声が小さいから聞こえなかったのだろうか。それとも別の理由だろうか。

 もう一度声をかけてから行こう思い結城くんを見る。

 その顔はさっきまでの、私が電話に出る前までとは全然違う。何かを考えているような表情。

 声をかけたりしたら考えごとの邪魔になるんじゃないのかと思い、そのまま立ち去った。

 後ろ髪を引かれる、という言葉があるけどまさにそんな心理状況。

 急いで行かないと怒られる。早く歩かないといけない。

 そのはずなのに、私の脚をすごく重たい。

 さっきもらった元気が急速にしぼんでいく。

 また、落ち込みそうに、沈み込みそうな気持ちになっていく。



   こう


 本当にそれは突然、頭の中に浮かび上がった。舞い降りてきた。

 これまでの時間は一体何だったんだと思うくらいに、一瞬で生まれた。

 それも、映像で、しかもカラー。

 ずっと出てこなくて苦しんでいたのに、出る時はこんなにも呆気ないものなのだろうか。それともこれは特殊なことなのだろうか。

 いや、そんな感慨に耽っている場合ではない。この頭の中にあるイメージを何かに書き写さないと。一瞬で生まれたんだ。その反対に一瞬で消えてしまう可能性だってあるんだから。

 しまった。書くものが手元には無い。

 ちゃんと常備しておけばよかった。今更言っても後の祭りだけど。

 こんなことならちゃんとヤスコの言うことを聞いておけばよかった。いつアイデアが浮かんできてもいいようにメモ帳を常に携帯しろと散々言われていたのに。

 携帯といえば、たしか携帯電話にはメモ機能が備わっていたはず。普段は欲しいとは全然思わないけど、人生二度目の欲しいという願望が、というより持っていないという失望感が。

 ああこれも、今更ながらだ。

 それよりも本当に何か書くものはないのか。周囲を見渡す。舞華さんの顔が見えるけど、おそらく彼女もそんなものは持ち合わせてはいないだろう。個人の携帯電話を借りてメモするのもなんだし。ああー、クソ。

 いっそ近くの文房具売り場か、百円ショップにまで走って筆記用具一式を購入してくるか。駄目だ、時間がない。そんなことをしているうちに次の上演の時間になってしまう。それに、財布の中身は限りなくゼロに近いし。

 ああ、どうしよう。

 幸い、まだ頭の中のイメージは、映像は鮮明に残っている。こうなったら憶えていることを期待して、次の休憩の時間に舞華さんからお金を借りて書くものとメモ帳を購入して書くか。

 必死に考える。考えるけど、脳の全ての機能を思考に費やすわけじゃない。まだ鮮やかな状態を保っているアイデアの保存にも使用する。

 誰かが俺の横で何かをしゃべっている。けど、考えごとに集中してしまい、内容が良く判らない。

 声の主は藤堂さんだった。彼女は何かを言い終わると自分のバッグを手にし行ってしまった。しまった。バッグを持っていたなら何か書くものも持っていたかもしれない。

 藤堂さんに借りればよかった。

 本日、というよりこの数分間で何度目か判らない後悔をする。

 後悔をして思考が少しばかり停止している俺の耳にまた声が。今度は、舞華さん。藤堂さんの時は内容が判らなかったけど、今回は判る。

 時間だ。

 周りを見渡すと、もう待ちかねている子供の姿がベンチの上に。

 頼むから絶対に消えて無くならないでくれと祈る。

 祈りながら、紙芝居の準備を始めた。


 結局最後までメモを取ることができないままだった。

 当初の予定では一時台の紙芝居が終了後に舞華さんにお金を借りて百円ショップに駆け込み、そこで購入した筆記用具でアイデアを書き記すつもりでいたのだが、何だかんだで忙しくできずじまい。そのまま二時三時の紙芝居に突入してしまう。

 書けないことによって俺の中に不安が生ずる。もしかしたら消えてなくなってしまうんじゃないのか。

 上演を行いながらも、なんとか頭の中から霧散してしまうということはなかった。演じることに集中しすぎて忘れてしまうんじゃないのかという杞憂もあったけど、大丈夫だった。アイデアは、というか鮮明な映像は消去されてしまうということはなかった。だけど、次もまた憶えているという保障はない。

 幸いにして、この不安は的中しなかった。

 ちゃんと憶えている。消えていない。それどころか、より鮮明になっているような気が。

 本日の上演は全て終了した。これでもう、お仕事は終わり。

 このまま憶えたままで家に帰ろう。そして、自分の部屋で書こうと決意する。

 舞華さんの車に乗車して家路へ。車内はエンジン音だけで静か。アイデアを留めておくにはもってこいの環境。これがヤスコの車なら終始喧しく、コチラは黙っていたくても対応せざるを得ないから、せっかく浮かんだアイデアを忘れてしまう、消えてしまう可能性は大だけど。

 車は家に前に到着。俺は挨拶もそこそこに車から飛び降りる、靴を脱ぎ捨てて、階段を駆け上がる、急いで自室へと、机の前へと。いつもは帰宅後ちゃんと手洗いとうがいをするけど、今日は省略。上演後の喉のケアは大事だけど、今はそれよりも優先しないといけないことが。

 まるで漫画のように突然天から降りてきた。

 アイデアを書くために広げたままになっているノート。ここに書き記さないと。

 いや、もう、ちまちまとアイデアを書く必要なんかない。この頭の中で躍動している映像を、そのまま文字にして紙芝居を創ればいい。

 シャーペンを手にして、ノートの上に落とす。

 さあ、あとは書くだけだ。そうすれば、藤堂さんを喜ばせる紙芝居ができるはず。

 ようやく、紙芝居が書ける。

 ずっと停滞していた創作をやっとスタートさせることができる。

 さあ、後は書くだけだ。


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