ソウサクノウ 5
湊
結城くんの言う通りだと思う。今朝の信くんは昨日あんなことがあったというのにいつも通りだったから。
気にしているのは私だけなのかもしれない。
……優しいな。
こんな風に落ち込んでいる私を励ましてくれて。これから紙芝居があるというのに気にかけてくれて。
結城くんが彼氏だったらよかったのに。
だったら、あんなことをしなくてすんだかもしれないのに。
もし、したとしても、結城くんだったら絶対に私の嫌なことは無理強いなんてしないはず。
どうして私の付き合っている人は先輩なんだろう。
航
「それからさ、部活のことだってそんなに焦る必要なんかないと思う。前に屋上で話したと思うけど、継続していれば力がついていくはずだから。俺だって最初の頃は、今もまあ上手いとは言えないけど、すごく芝居が下手だったんだから。それでも毎日稽古していたから人前で披露できるくらいの上演がなんとかできるようになったんだから」
ありきたりのアドバイスになってしまう。
けど、これは経験から出た言葉だ。
稽古を重ねてさえいれば、ある程度は上手くなる。焦ると空回りしてしまう。
「うん、ありがとう」
少しだけど、藤堂さんの表情に変化が。
ちょっとだけ明るくなったような気が。
湊
「……ありがとう。……少し楽になれた気がする……来てよかった」
本当に来てよかった。
紙芝居を見て元気になるつもりだったけど、観る前に元気になれそうだ。
けど、もうすぐ紙芝居の時間になる。結城くんは紙芝居を上演しないといけない。
だけど、それまでの時間はもっと話をしたい。
何を話そうか。そう考えていると横に置いてあるバッグがちょっと揺れる。多分、中に入っているマナーモードにしてある携帯電話がなっているんだ。
誰からだろう? でも、出たくない。
もう後ちょっとしか時間がないから。結城くんは紙芝居の上演をしなくちゃいけないから。
航
来て良かったと言ってもらえる。それはうれしい言葉だけど、ちょっとだけ複雑な気分に。
落ち込んでいる藤堂さんを少しだけ元気にすることには成功したけど、できれば俺のする紙芝居で元気になってもらいたかったような気が。
まあ、けどそれは今後の課題だ。そしてゆくゆくは俺の創った紙芝居で。
心の中で意気込んでいると、それを邪魔する耳障りな音、というか振動が。
発生源はどうやら藤堂さんの横のバッグの中からみたいだ。ということは、携帯電話が鳴っているのだろうか。
けど、藤堂さんは出ない。
音、というか振動が消える。と、思ったらまた。
「出ないの?」
俺の携帯電話じゃないけど、気になってしまう。思わず聞いてしまう。
「……出たくないから」
また、表情が曇ってしまう。しまった、余計なことを言ってしまった。
消える、振動。消える、振動。消える、振動。消える、振動。
正直鬱陶しい。音は聞こえないけど、不愉快に聞こえる。
「……ごめんなさい。ちょっと電話してくる」
とうとう根負けしたのか藤堂さんは俺に一言告げ、それからバッグの中から携帯電話を取り出して行ってしまう。
開け放しになっているバッグの中が見える。女の子のバッグの中。覗いたりなんかしたら失礼だと頭の中では理解しているけど、好奇心が勝ってしまう。
チラリと覗き見てしまう。
屋上でも何回か見たクマのマスコットが目に入る。たしか、お守り代わりと言っていたな。
「お前のご主人様は苦労してるな」
色んな立場の自分で悩んでいるんだな。もっとそのままの自分でいいはずなのに。
「色々と考えすぎなんじゃないかな」
ヒョコッと顔を出しているクマのマスコットに指で触れてみる。
頭の中に電流が走る。
これまでいくら考えても全然浮かんでこなかった紙芝居のアイデアが、藤堂さんに楽しんで観てもらいたい紙芝居がいきなり頭の中に浮かんできた。
驚くぐらい突然に。