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ソウサクノウ 4


   こう


 日曜日、紙芝居の日。

 いつものように、今日は舞華さんの運転で、ショッピングセンターに。

 さすがは舞華さんだ。どこかの誰かと違い上演開始三十分前に無事到着。

 開始前なのに藤堂さんがベンチに座っていた。

 また来てくれたんだ。うれしいことのはずなのに、藤堂さんを見ていると心配に。

 教室でも無理をしているなと感じていた。ここではそれ以上に、輪をかけて暗くなっている。

 一体何があったんだろう?

 声をかけてみるべきなのだろうか?

 判らない。

 ヤスコならば、問答無用で行けと命令をするだろうけど、今日一緒なのは舞華さん。この人はそんなことを言わない。自分で考えて行動しろ、と言うはずだ。

 考える。藤堂さんを見ながら。

 暗く落ち込んでいる彼女の姿を見ているのは心苦しい。その沈んだ暗い表情を明るくしたい。

 でも、口下手な俺が彼女を明るくすることなんかできるのだろうか? もし、できるのだとしたら、それは多分この後する紙芝居のはず。

 ならば、このままそっとしておくべきなのだろうか? 紙芝居で笑顔にすべきなのだろうか。

 ああ、紙芝居か。そういえば全然アイデアが浮かんでこないな。あの顔を笑顔にするような、楽しませるような、笑わせるようなものが。

 いやそれよりも、今は落ち込んで見える藤堂さんの心配を。

 どうする、俺?

 ……気になってしまう。ええい、ままよ。

 決めた。俺は藤堂さんへと歩み寄る。話しかけようと行動する。

 もしかしたら杞憂なのかもしれない。藤堂さんは下を向いているから、顔全体、というか表情の全てが見えたわけじゃない。

 暗く見えていたのは、俺の勘違いなのかもしれない。

「来てくれたんだ」

 藤堂さんの横に腰を下ろして、といっても少し間を空けて、声をかける。

 反応がない。少し時間をおいて藤堂さんの顔が動く。俺の方を見る。

 その顔はやっぱり落ち込んでいた、暗かった。

「……うん」

 声も暗い、沈んでいる。ああ、また顔が下を向いてしまう。

 どうしよう? 思い切って声をかけてみたけど、この先の言葉が出てこない。

 屋上ではいくらでもしゃべることができたのに、ここでは全然できない。

「……あのね……元気をもらいにきたの」

 内心焦っている俺の耳に藤堂さんの今にも消えてしまいそうな儚い声が届いた。



   みなと


「元気?」

 私の呟きのような小さな声に結城くんは反応してくれた。

「うん、色々あったから」

 そう、色々あった。

 だから、落ち込んでしまっている。

「そうなんだ。だったら、紙芝居で楽しんでいってよ」

 結城くんは言う。余計な詮索なんかしてこない。

「……うん」

 あ、今結城くんが横に座っているんだ。屋上の時みたいに。

 あの頃はずごく楽しかったな。二人だけで色んなおしゃべりをしたな。

 それなのに、こうしてまた二人きりになっているのに言葉が出てこない。

 また胸がドキドキしてきた。原因不明の動悸。私の目には結城くんの姿は映っていないのに。

 なにか話さないと、じゃないとこの音が結城くんに聞こえてしまいそうな気が。

「……最近全然上手くいかないの。……部活でメンバーに選ばれたのに。……私のせいで負けてしまって。それなら上手く、強くなろうと思ったけど、全然できなくて……こんなんじゃ駄目と思ってしまって、それでイライラしちゃって、昨日は信くんを叩いちゃった」

 話すつもりなんか全然なかった。それなのに私の口からは勝手に愚痴のようなものが。

「叩いたんだ?」

 そう、私は酷い姉だ。

「うん……お風呂場のタイルに頭をぶつけて。……血が出た……」

 幸い大事には至らなかったけど、信くんは救急車で病院へと。

 どうして叩いたりなんかしてしまったんだろう。嫌だったけど我慢さえすれば、あんなことにはならなかったはずなのに。



   航


 打ち所が悪ければ血が出るのも致し方ない。俺もけっこうヤスコに叩かれ、殴られ、蹴られて、出血したものだ。痛い目には数多くあっている。でも、それを怨んだりはしていない。

「でも、どうして叩いたの?」

 結果には必ず原因がある。藤堂さんが弟を叩いてしまったのにも何か理由があるはず。そう思って訊いてみた。しかしながらもこの問いには答えてくれないのではないかとも考えていた。それは間違いではなかった。彼女は口を噤んでしまう。

 二人の間に気まずい沈黙が。

「そんなに気にしなくてもいいと思うよ。大きな怪我じゃなかったんでしょ」

 そのが嫌だった。すかさずフォローのつもりで言う。

 また、しばしの間があった。

「うん、けど……手を出したのは初めてだから」

 自分の過ちを懺悔するような、後悔の声。

 藤堂さんの様子から、もしかしたらという予感があったけどやっぱり手を出してしまったのは初めてだったのか。

 想像通りの優しいお姉さんだ。ヤスコとは大違いだ。

「あのさ、俺も小さい頃よくヤスコに殴られたんだ。そんで、その時の傷跡が、ほら」

 そんなに落ち込む必要はない。弟くんはそんなに気にしないはず。俺は自分の髪をかき上げて昔ヤスコから受けた被害の痕。今なお残っている痕跡を見せる。

「こんな痕が残っていても俺はヤスコとは、まあそれなりに仲が良いよ。藤堂さんの弟もそんなに気にはしてないと思う。だから、そんなに悔やまなくても」

 励ますつもりで言う。

「でも……私、お姉ちゃんなのに」

 効果は全然なかった。藤堂さんは依然俯いたままで言う。

 勝手な想像だけど藤堂さんは優しいお姉ちゃんでいようとしすぎているのではないのか。

 最初に紙芝居を観てくれた時のことを思い出す。藤堂さんは弟の付き添いで観てくれていた。あの時は恥ずかしさからか隠れていた。たしかに紙芝居にも少しは興味もあったのだろう。けど、それ以上に幼い弟の面倒をみなくてはいけない、そんな気持ちで紙芝居を観ていたんじゃないのかと勝手に推察した。

「それで、その弟くんはどうなの。まだ怒っているの?」

 俺の問いに藤堂さんは黙ったまま、そして悲しい顔のままで首を振る。

「それならそんなに心配しなくても大丈夫だよ」

 ……多分。藤堂さんの言葉から情報をあまり得ることができないから断言ができないけど。だけど、多分という言葉を言ってしまえば、おそらく藤堂さんはまた落ち込んでしまうような気がした。

 だから、多分という言葉は飲み込んだ。


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