ソウサクノウ 3
航
本当に何にも浮かんでこない。
書くと決意したのに。その決意は一体何だったのだろうと思うくらいアイデアが全く出てこない。
もしかしたら俺の頭の中は空っぽなのだろうか?
いや、そんなことはないはず。実際に他のことはちゃんと考えられるから。
そう、余計なことばかりが頭の中を巡っている。思考すべきは別のことなのに。
やっぱり初心者の俺にいきなりオリジナルの紙芝居の創作なんて無理な話だったんだ。
ヤスコの言うことに素直に従っておけばよかったんだ。
けど……。
休み時間に教室の後をチラリと見る。藤堂さんがいる方向にほんの少しだけ視線を送る。
ずっと見ていたいような心境に駆られるけど、流石にそれは。
少し元気がないような気がする。
あの顔を笑顔にできるような紙芝居を創らないと。
決意を新たにして、俺はまた創作への思考を、脳みそを使い始めた。
湊
練習する。
上手くなりたいとかじゃなくて、みんなに迷惑をかけないように。
いつも以上に、これまで以上に、真剣に取り組む。
体が悲鳴を上げそうになるけど、そんな声は無視する。
早く上手にならないと、強くならないと。
それなのに、全然上手くならない、強くなれない。
反対に、下手に、弱くなっていくような。余計に足を引っ張ってしまっているような気が。
練習の時間が終わる。この時間が全部無駄だったような気がした。
まだ家には帰れない。クタクタになっているから、疲れているから、本当は早く休みたい。
でも、いつものように先輩が私を待ち構えている。
したくない。
だけど、私は先輩の彼女だから。
どうして、こんなことをするんだろう。
付き合っているから、こういうことをするのは頭で理解しているけど。
けど、本音は嫌だ。
好きでもない人と、なんで付き合うことになってしまったんだろう。
優柔不断な自分のせい。
後悔をする。
……けど、もう遅い。
航
無理をしているように感じる。もっとも、これは俺の勝手な推測でしかないけど。
話をしたわけじゃない。ジックリ観察をしたわけじゃない。
教室の中で藤堂さんの様子を何度か盗み見しただけ。
だから、俺が見ていないところではもしかしたら元気なのかもしれない。
……でも、違うかもしれない。
早く紙芝居を書かないと、藤堂さんを元気にするような作品を。
気ばかりが焦る、でもアイデア全然が出てこない。
湊
授業中、ずっと下を、机の上を見ている。黒板は見ないで先生の声だけ聞いている。
これは視界の先に結城くんがいて、その背中を見るとドキドキするからという理由ではなく、単純に疲れていて、顔を上げるだけの力もないから。
今のうちに休んでおかないと、部活を乗り切れないし、その後のことだってある。
勉強が疎かになってしまうけど、強くならないと。授業の内容は後でノートを借りれば、なんとかなるはずだから。
部活に熱をいれる。早く上手くならないと、と気合を入れて取り組む。
それなのに……。
心身ともに疲れ果ててしまう。
けど、まだ帰れない。
先輩の相手をしないと。私は彼女だから。
いつもよりも遅い電車に乗って帰る。今日も運悪く座れなかった。
座りたい。というよりも、早く休みたい。
明日、部活はお休みだ。先輩も何か用事があると言っていたし。
ゆっくりと休もう。体力と気力の回復に励もう。
あれ、ちょっとおかしいような。ゆっくりするのに励むって。
まあ、それはどうでもいい。とにかく自分の部屋でダラダラと過ごそうかな。
ああ、明日は日曜日だ。大変な毎日ですっかりと忘れていた。
結城くんの紙芝居を観に行こうかな。元気をもらいに行こうかな。
教室で背中を見ているだけで理由も分からずにドキドキしてしまう。正面から顔を見たら、どんな風になってしまうんだろう。
でも、それは前の話だから。今は多分、大丈夫なはず。平気なはず。
決めた。行こう。絶対に。
そう考えていると少しだけ体が軽くなったような気がした。
「ごめん湊ちゃん、信くんお風呂に入れてくれないかな?」
家へと帰りついた私にお母さんの助けを求める声。
お風呂に入るのはやぶさかじゃない。まだ体のあちらこちらに先輩の感触が残っている。それを一刻も早く洗い流してしまいたい。
一人で入ってゆっくりとして嫌なことを全部忘れてしまいたい。
けど、私はお姉ちゃんだ。幼い弟の面倒を見ないといけない。
それに困っているお母さんを助けないと。
嫌々ながら、信くんと一緒にお風呂に。こうやって二人で入るのは久し振りだ。
小さな体を洗ってあげる。私にはない部分も。
こんなに小さかったらよかったのに。そうすれば、先輩は私のことを求めてなんかこなかったはずなのに。
ほんの一時間ほど前の体中を貪られた嫌な感覚が突然蘇ってくる。
一刻も早く忘れたい。早く洗い流してしまいたい。
信くんの体を洗うのを早々に切り上げる。自分の体を洗い流さないと気持ち悪い。
「それじゃお湯をかけるからね」
信くんの前に座って小さな体にお湯を流してあげる。
「オッパイ」
信くんの手が私の胸へと伸びてきた。
小さい頃から何度か触れられてきている。なんとも思わなかった。
だけど、この瞬間もの凄い嫌悪感が私の中に。
乾いた音が浴室に響いた。その後で信くんの泣き声。
目の前が真っ赤に染まっていた。




