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ソウサクノウ 2


   こう


 書けないのは、それ以前の段階にすら進めないのは、もしかしたら頭の中でしか考えていないせいなのかもしれない。

 このところずっと紙芝居の創作について頭を悩ませていた。慣れないこと、というか初めての経験で右も左もさっぱりと判らない。徒手空拳でこのヤスコから無理やり突き出された難題に脳みそをこねくり回して苦しんでいた。

 つまり脳内だけで俺は考えていた。それが間違いだったのかもしれない。

 アイデアは一向に浮かんでこないけど、もしかしたら書くことによって、手を動かし適当でもいいから文字を書いていれば、何かがそのうち生まれ落ちてくれるかもしれない。

 何でもいいからまずは書いてみようと思い立つ。

 漱石のとある小説を思い出す。あれは仏像を彫る話だったと思うけど、それと同じように紙の中に俺が書く物語がひっそりと隠れているかもしれない。俺が書くことによって、真新しい物語はその姿をノートの上に浮かび上がらせるかもしれない。

 さっそく真新しいノートを取り出し机の上に広げる。右手にはもちろんシャーペン。

 真っ白なノートの上に適当にシャーペンを走らせてみる。文字を書き連ねてみる。

『昔々、あるところに』

 昔話の定番の文句を書いてみる。

 ……が、そこから先には進まない。

 駄目だ。

 書けないことがじゃない。昔話にはしない、そう決めたはずなのに。俺が創るのは同年代が観ても面白くて楽しいもの、藤堂さんを喜ばせるような作品。

 けど、全然書けないのなら妥協して既存の話を練習として書いてみるのも。

 やっぱり、駄目。それはできない。

 消しゴムで消す。真っ白だったノートには消しゴムの後が残る。きれいじゃなくなる。

 そうだ、いきなり書くのではなく思いつくことを、まずは書き出してみよう。

 書く。消す。書く。消す。書く。消す。書く。消す。書く。消す。書く。消す。

 意味のない文字を書いては消す作業。文章なんかほど遠い。大半が単語。

 それでも書き続ける。

 けど、全部消してしまう。

 きっと、このページには俺の書く物語は埋まっていないんだ。消しゴム跡で灰色になっているページに見切りをつけて、新しい真っ白なページを開く。

 

 結局、ノートが数ページほど汚い灰色になっただけだった。何一つとして文章は書いていないのに。

 それにアイデアも出てこない。

 これなら頭の中だけで考えているほうがまだマシだった。

 それなら時間の浪費だけですんだのに、今度は資源まで無駄にしてしまった。



   みなと


 ずっと傍にいれば、いつかは恋というまだ経験したことのない感情が私の中に芽生えてくると思っていた。

 そう信じていた。

 でも、先輩に対して、そんな気持ちは生まれてこない。

 反対に、嫌いになっていく一方だ。

 付き合い始めた頃は優しかった。紳士的だった。私が嫌だということは、しないでいてくれた。けど、夏休みの終わりに望まない初体験をした。その辺りから先輩のことが少しずつ怖くなっていく。それでもまだ、いつかはと信じていた。

 結城くんが停学になった頃、私は先輩に逆らえなくなってしまった。

 私よりも大きな先輩が怖いのはもちろんだけど、それ以上に他人には知られたくない弱味のようなものを握られてしまう。

 抵抗できない、なすがままに、したいようにされていく。

 こんなことの経験なんて重ねたくない。したくない。

 けど、しないと怒られる。怒られると怖い。先輩が怖いのはもちろんだけど、秘密をばらされてしまうほうがもっと怖い。

 だから、無抵抗で。

 怒らせてしまわないように、不機嫌にさせてしまわないように、演技をする。

 感じているふりをする。

 本当はただ気持ち悪いだけ。

 耐えてさえいれば、いつかは終わる。先輩が満足して果てるのを待つだけ。

 私は彼女だから我慢しないと。恋人同士だから、こういうことをするのは当たり前だから。

 でも、辛い。

 そうだ、日曜日に結城くんの紙芝居を観に行こう。彼のする紙芝居を観て元気をもらおう。

 ああ、駄目だ。今週の日曜日にはたしか練習試合があったはず。

 観に行けない。

 そう思うと、気持ちがより一層落ち込んでいく。



   航


 再び、頭の中だけで、アイデア出し、紙芝居の創作を始める。

 この方法が一番のはず。これなら場所は関係無い。どんな時でもできるから。

 けど、結局何も浮かばないまま。時間だけが無駄に過ぎて行く。

 


   湊


 日曜日、練習試合。

 これまでずっと勝てない高校に、あと少しで勝利できそうだった。

 たとえ、それが練習試合でも勝つことはうれしい。

 けど、結果は惜しくも敗戦。後一歩、わずかなポイント差で勝利を逃してしまう。

「いやー、ゴメン。後ちょっとで勝てたのに」

 さっき試合を終えたばかりの先輩が敗戦の後なのに案外サバサバした声で言う。

 その言葉を聞いて私は唇をギュっと噛み締める。お腹の中が、胃が痛くなる。

「……アキ先輩のせいじゃないです」

 そう負けた原因は私だ。

 せっかく団体戦のメンバーに選ばれたのに、何の役にも立っていない。今日もあっさりと早々に負けてしまった。

 私が負けなければ、たとえ勝てなくてももっと善戦していればチームの士気が上がったかもしれないのに。

「いいのいいの。藤堂は経験を積むのが大切なんだから。初心者だったけど、力つけてきたし、今はまだ弱くてもさ、あんたが三年になる頃に強くなればいいんだから」

 そう、私が選ばれたのは実力なんかじゃない。私自身が望んでいなくても、無駄に高い身長と左利きという武器。

 単純なバドミントンの実力だけでいえば、部内で一番下手だ。

 将来性を買われての抜擢。

「……でも……」

「いいからさ。それじゃ反省会して帰ろうか」

 みんなが返事をする。そんな中で私は下を向いて黙ったまま。

「行くよ、湊ちゃん」

「……恵美ちゃん」

「そんなに落ち込まなくても大丈夫だから。こないだの試合だってちゃんとゲーム取っていたし。それにさ、前は全然反応できなかったスマッシュにもちゃんとついていけたし。着実に上手くなっているよ。うん、保障する」

 そう言ってもらえるのは、うれしいし、励みになる。けど、私の代わりにあの試合に恵美ちゃんが出ていたらと想像する。多分、勝っていたんじゃ。たとえ負けたとしても、私のような無様な結果にはなっていないはず。

 みんなの足を引っ張っているんだ。

 そう考えると、落ち込みがより強く大きくなっていく。

「練習しよ。そうすればもっと上手くなれるはずだから。先生が言っていたけど、湊ちゃんの伸び代が一番大きいって。だから、もっと練習すれば、きっと勝てるようになるから」

 そうか、もっと練習すればみんなの足を引っ張らずにすむんだ。

「……うん」

 

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