ソウサクノウ
航
藤堂さんが喜んでくれる紙芝居って何だろう?
考えれば考えるほど判らなくなっていく。多分あるはずの答えからどんどんと遠ざかっていくような気がしてしまう。
ヤスコの言う通り、どんな作品でも彼女なら喜んで観てくれるような気はする。
が、俺が望んでいるのは藤堂さんが本当に楽しんで観てくれるような紙芝居。
自分でもハードルを高く設定しすぎているんじゃないかという認識はある。
アドバイスに従って、ごくありふれたお話を紙芝居にアレンジしたほうがはるかに楽だということもなんとなくだけど理解している。
そもそも俺には創作の才能なんて皆無だ、自覚している。あの人やヤスコみたいに自分の能力で物語を産み出す、創り出すなんてことはできない。そんなことができるのは極一部の選ばれた人間だけ。残念ながら俺は、その一部から見事なまでに外れた側の人間。もし創作の才能が俺の中に微かにでも存在したとしたら、こんなに苦悩なんかせずに、時間もかけずに、アイデアの一つや二つ、それよりも先に、もうすでに完成していてもおかしくないはず。
なのに、未だにアイデアが全然浮かんでこない。
普通ならば、この段階で意気消沈してしまっただろう。書くという工程に至る前に諦めてしまっていただろう。
だけど、俺の中に藤堂さんを喜ばせたい、楽しませたいという情熱は消えなかった。炎のように熱く燃え滾っているというのとは違うが、まだ種火のように小さく存在している。
早く書かないと。
そうは思っているのに、まだアイデアの一つも出てこない。空っぽのまま。
時間だけが無情に過ぎていく。
湊
結城くんを見ているとドキドキしてくる。
あれから一度は治まったはずなのに。また教室で見ていると心臓が。
いつもの教室と同じ景色のはずなのに。
どうしてだろう? 自分のことなのに分からない。
ああ、駄目だ。こんなことを考えていないでしっかりと先生の話を聞いていないといけないのに。今は授業中だから、ちゃんと聞いておかないと後で、試験の時に困るのは私なのに。
それなのに先生の言葉は耳には入ってこない。気が付くと、いつの間にか考えごとを。
駄目、こんなことばかり考えていちゃ。授業に集中しないと。
黒板には先生の書いた文字がぎっしりと書かれている。急いでノートに写さないと。この先生はすぐに消してしまうから。
前を見る、黒板を見る。自然と結城くんの背中が私の目に入る。
見られない。
とっさに視線を外す、下を見る。つまり、黒板からも、先生からも。
結局、ノートをとることもできずに授業が終わってしまう。
航
浮かばない。何にも出てこない。
したがって、全然書けない、進まない。
湊
放課後になる。
私の視界から結城くんがいなくなる、映らなくなる。胸のドキドキが治まっていく。ちょっと安心する。ずっとこのままだったら、いったい私はどうなっていたのだろう?
と、同時に少しだけさみしさも覚えてしまう。
どうして、こんな風になったんだろう?
昨日からなんか変だ。
自分のことなのに、こんなことになってしまう原因が全然分からない。
部活の時間になる。
集中しないといけないのに、集中できない。ミスを重ねてしまう。
案の定集中しろと注意を受ける。
注意されるのは私が原因。それに厳しい声が飛んでくるのは私を期待してくれているから。
けど、やっぱりヘコンでしまう。
落ち込みそうになるけど、グッと堪える。なにか楽しいことを思い出してみる。
昨日の結城くんの紙芝居が頭の中に浮かんできた。
すると、さっきまで治まっていた胸の動悸が再発。鼓動がまた早くなってしまう。
部活が終わる頃には謎の動悸はなんとか治まってくれた。
でも、同じく部活を終えた先輩の顔を見た途端、また心臓が速く動き出す。
けど、これはさっきまでのとは違う、結城くんを見ていた時とは異なるもの。
そしてコッチのはどうしてこうなっているのか分かっている。
恵美ちゃん達と別れて先輩の家に行く。今日も帰りが遅くなってしまう。
嫌だ。
もうしたくない。先輩と肌を合わせたくなんかない、体を重ねたくなんかない。
嫌悪感が押し寄せてくるけど、拒めない。
私が先輩の行為を拒めば、その後でどんなことをされてしまうか。
想像するだけで怖くなっていく。恐怖を感じると動悸は強く、早くなっていく。
我慢して耐える。
彼女だから。だから、こんなことをしなくちゃいけないんだ。
そう自分に言い聞かせて。
我慢する。
このままずっと耐えてさえいれば、いつかは終わりが来るはず。先輩は満足して解放してくれるはず。
知りたくもなかったけど、これは経験で学んだこと。
だけど、一時的なこと。一体いつになったらこの境遇から逃げることができるのだろうか。
もう、こんなことはしたくないのに。




