創作タイム 6
航
藤堂さんは走り去ってしまった。
先週は最後の上演まで観てくれたから、今週も最後まで観てくれると思っていたのに。
帰ってしまったのはやっぱり俺のせい、俺の言葉のせい、俺の対応が悪かったせいだろうか。
何であんな話しをしてしまったんだろう。もっとストレートに紙芝居の感想でも聞いておけば、もしかしたら藤堂さんは帰らなかったかもしれないのに。
それに着ている服の話をするのなら先週のジャージのことなんか持ち出さなくても。今日のかわいい服のことをしゃべれば良かったんじゃ。いつもの教室とは全然違う雰囲気、そのことを褒めれば、あの後も機嫌よく紙芝居を観てくれたかもしれないに。
そうは考えるけど、やっぱり無理だ。そんなこと俺には絶対にできない。
褒めたほうが物事はスムーズに動くかもしれないという想像は働くけど、それを真顔で実行できるような度胸はない。これが舞台の上ならいくらでもできるだろう。けど、実際の言葉にして伝えるのは照れが生じてしまう。恥ずかしくて到底できない。
ああ、失敗した。
けど、失敗の要因はこれだけじゃないのかもしれない。最初にしたのは大人でも、藤堂さんも楽しめるような紙芝居。けど、俺が二度目の上演で選んだのは完全に子供向け。彼女はこの後も観てくれると思ったから、まず目の前の子供を楽しませることを選択したけど、それが裏目になってしまったんじゃ。もっと考慮しておけば良かったかも。けれど、あの時の紙芝居は観ている子供達には大受けだったし。
藤堂さんが観てくれるのはすごくうれしい。けど、彼女だけがお客さんではない。
あっちを立てれば、こっちが立たず。もっと経験と研鑽を積めば両立が可能なのかもしれないけど、今の俺には無理。
反省をしている間にも時計の針は動き続けている。
いつの間にか二時前になっていた。上演の準備をしないと。
全ての上演が終了し、ヤスコの運転する車に乗り込んでから反省を再開。
けど、反省の内容は少し変化する。
一つは、紙芝居の上演に集中できなかったこと。演っている最中、何度か藤堂さんが帰ってしまったことが頭をよぎり、少々不甲斐ない上演に。
もう一つはそんなに変わっていない。藤堂さんの対応について。
会話の選択を誤ったから藤堂さんは帰ると言ったんじゃ。そう反省していた。それが徐々に変化していく。本当は話の内容なんか関係なく、単純に俺の紙芝居が面白くなかったから。だから二時台の上演は別に観なくてもと思ったのでは。
でも、あの時の上演では笑ってくれていたような。もしかしたらそれは俺の勘違いか。
なら、今度は藤堂さんが楽しめるような紙芝居を。
そうだ、創らないと。ヤスコに言われて紙芝居の制作を始めたのはいいけど、まだ何一つとして進展していない。唯一決定したのはオリジナル作品を創ること。
……たったのそれだけ。
「航、アンタ紙芝居の制作は進んでる?」
運転しているヤスコが突然。
まるで俺の心の中を盗み見しているかのようなドンピシャなタイミングで。
「全然。煮詰まっている」
ヤスコ相手に見栄を張ってもすぐに露呈してしまう。そうなると徹底的に馬鹿にされてしまう。だから、素直に現状を白状する。
「煮詰まっているんだ。それじゃもうすぐ完成ね。あの子もきっと喜ぶわよ」
できないと素直に言っているのに、なんでそんなこと言うんだコイツは。
「だから、煮詰まっているって言っているだろ」
少しだけ声を荒げて言う。
「煮詰まっているのなら、完成は近いということよね」
「何でそうなるんだ」
俺のことをからかっているのか。けど、顔は至って真面目な表情だ。けど、ヤスコの表情は当てにはならない。認めたくないけどコイツの芝居は本当に上手いからな。
「煮詰まるというのは、問題が解決に近付くという意味なのよ」
「……そうなの?」
「そうなの。これでも一応高校の国語教諭の免許を持っているからね」
知らなかった、二つの意味で。言葉の意味を間違って使用していたし、ヤスコがそんな資格を持っていることも知らなかった。
「それじゃ訂正する。全然できていない」
「考えている?」
「一応……だけど、何のアイデアも出てこない。やっぱり俺には創作の才能なんて無いんだよ」
藤堂さんを喜ばせるような紙芝居を創りたいという意気込みは大きいのに。
「無理に創作なんかする必要はないの。前にも言ったけど童話でも昔話でもいいんだから」
「けどさ……」
「それじゃ、彼女を楽しませることができない、か」
また内心を見透かされてしまう。
「うっさい……まだ考え中なんだから、もう少し待てよ」
そう言って俺は運転席のヤスコに背を向けて車外に目をやる。
「何照れてるのよ。このー」
背中を向けてもう相手にはしないという意思表示を示したつもりなのにヤスコには見事なまで通用しない。通じているのかもしれないけど、からかいが続行される。
そんなことは無視する。相手にするのは面倒だ。
「もうー、このこの。それにしても、航が女の子に興味を示すような年齢になるなんてねー」
口では何か感慨深げな言い方をしているけど、行動はそれとは真逆。
相手にしない、無視を決め込んでいる俺の無防備な背中に何発もの手のひらが襲いかかる。
そんなに痛くはないけど、いいかげん鬱陶しい。
ずっと車外に顔を向けているけど、見えているのは外の風景だけじゃない。ガラスが反射して車内の様子も映る。
ギョッとした。ヤスコは前を見て運転しない。俺を見ながら車を走らせている。
「危ないから前見て運転しろ」
このままずっと、家に着くまで無視を決め込むつもりだったのに、思わず声が出てしまう。
俺の声に反応したのか、はたまた声を聞いて前を見た結果赤信号だったからなのか、判断はつかないけど車は急制動を。嫌なブレーキ音を出しながら停止する。
「そうよね。前を見て運転しないと。航をからかうのも飽きたし」
やっぱり俺をからかっていたのか。
赤が消えて、青になる。車はまた走り出す。
ヤスコはもう俺をからかいはしなかった。車の運転に集中していた。
静かに走行する車中で、俺は藤堂さんに観てもらいたい紙芝居について考えた。