創作タイム 5
湊
ヤスコさんの紙芝居が終わる。そしてまた、結城くんの紙芝居が始まる。
今度の作品は小さい子供向け。主人公の怪盗が観ている子供達を手下にして、四択のクイズ形式、色んなものを盗んでいくお話。
紙芝居の最初は全然だったけど、終盤には観ている子全員が手を挙げるくらいの大盛り上がりに。
まるでゴールデンウィークに観たヒーローショーのように上手に観ている子供達を巻き込んで上演している。信くんがここにいたら、きっと大喜びで、大きな声を上げながら参加していただろうな。
最初の紙芝居とは違い完全に子供向けの作品だけど、私も十分楽しめる。前にいる子達と同じように手を上げて参加するのはさすがに恥ずかしくてできないけど。
それでも、観ているだけでも十分に楽しい。
あ、そうだ。こんな面白い紙芝居を私だけが楽しんでいたらもったいない。せっかく持ってきたんだ。一緒に観よう。
バッグの中に忍ばせてきたクマのマスコットを。全部を出すのはちょっとと思ってしまったので、顔だけ出す形で。
盛り上ったままで紙芝居は終了。拍手をする結城くんの後ろにあるエレベーターの上の時計を見るともう一時半近く。紙芝居は大体三十分くらいのはず。それじゃ、これで終わりのはず。
正解だった。結城くんが終わりを宣言。そして、この後二時、三時、再び上演すると告知。
再び拍手をする。こんな面白い紙芝居を上演してくれて、ありがとう。
さっきまで人がたくさんいたベンチにはもう誰もいなくなる。結城くんとヤスコさんは後片付けなのか、次のための準備なのか分からないけど動いている。
どうしよう。このままここで次の上演まで待っていようか。それとも今は誰もいないベンチに移動しようか。はたまた、店内を周って時間になったらまた来ようか。
それよりも声をかけたほうがいいのだろうか。面白かったと感想を述べたほうがいいのだろうか。何か差し入れでも持っていったほうがいいのだろうか。
考えてしまう。柱の横に立ったままで。
うーん、どうしようかな?
「藤堂さん、また観に来てくれたんだ」
考えごとをしている間に結城くんが私の傍に。その額にはまだ汗がうっすらと浮かんでいる。さっきまでの熱演を物語っている。
男の人の汗にはあんまり良い印象がない。先輩の汗の臭いは不快に感じる。
結城くんが近付いてくる。汗の嫌な臭いがするんだなと身構えてしまう。一歩だけ後退りしてしまいそうになる。けど、この汗はさっきまで私を、子供達を楽しませるためにかいた汗。それなのに逃げるようなことをしたら失礼に当たるのでは、結城くんも気を悪くしてしまうんじゃないだろうか。
後ろに一歩動きそうになった左足を踏み留める。バランスを崩して倒れそうになるけど、なんとか踏み止まることに成功。
と、結城くんの姿がすぐ目の前に。
嫌な臭いなんかしなかった。汗の匂いはするけど、それを不快には感じない。むしろ、ちょっと好きかも。
「……うん。……こないだ、いいって言ってくれたから」
あの言葉があったから、また私は結城くんの紙芝居を楽しめるんだ。
「ありがとう。観てくれて」
お礼を言うのは私のほうなのに。
「あ、そうだ。そういえば先週はジャージだったよね」
「……先週は練習をサボったから」
言いながら、ちょっとだけムッとしてしまう。先週ジャージだったのは紛れもない事実だけど、そんなことよりも今着ている服のほうを見てほしいのにな。かわいくないジャージ姿よりも、お気に入りの服を着ている私を、メイクをしている学校とは違う私を見てほしいのにな。
「サボったんだ?」
私の気も知らないで結城くんは言う。
「……うん……あんまり楽しくないから」
最初は楽しかった。けど、団体戦のメンバーに選ばれてからは練習がきついし、重圧も感じてしまう。あまり楽しめなくなってしまった。
「そうなんだ」
目の前にいた結城くんは私の横に。まるで屋上にいた時みたいに。あの場所では横並びに座っていたけど、今は立ったままで。
同じような状況のはずなのに、なぜだかドキドキしてくる、心臓がいつもよりも早く動いてしまう。
「……うん」
頭の中で考えていることと、会話の内容が違う。しどろもどろになりながら返事をする。
どうしてこんなに緊張するんだろう。
「だったら辞めればいいのに」
突然の緊張で戸惑っている私の耳に結城くんの声が。
「そんなのできないよ」
さっきまで違っていた頭と口が一致した。ちょっとだけ大きな声が出る。
そんなことできない。
期待してもらっているのに。だからこそ厳しいのに。
それに辞めてしまったら、メンバーに選ばれなかった恵美ちゃんに申し訳ないような気が。
「そうなんだ」
横にいる結城くんが私の顔を不思議そうに見ている。
私も結城くんを。二人の視線が合う。その目を見ていると、またドキドキしてくる。それもさっきよりも強く、大きく。
それだけじゃない、顔が急に熱くなってくる。多分、結城くんから見たら私の顔は真っ赤に映っているはず。
それに顔だけが熱くなったわけじゃない……別の場所も。
目を逸らす、顔を背ける。このままずっと見つめていたら心臓が爆発しそうになるから。
「この後のも観ていくの」
恥ずかしくなって背中を向けている私に結城くんの優しい声が。
全部観るつもりだったけど。……こんなんじゃ……ずっと結城くんを見ていたらおかしくなってしまいそうな気が。
「ごめんなさい」
一言言うのが精一杯だった。
結城くんに背中を向けたまま、顔を合わせずに、私はまるで逃げるように下りのエスカレーターを駆け下りた。
家に帰ってもドキドキが止まらなかった。
結城くんの顔が脳裏から離れずに、ずっと心臓が早鐘のように鳴り響く。
……あっ、紙芝居の創作のことを聞くのを忘れていた。
それからお芝居の、演技の仕方を聞くのも忘れていた。