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創作タイム 4


   みなと


 ベッドの中に入ってから、もう一時間近く経ってしまった。

 寝ようとしているのに、なかなか眠れない。ベッド脇の時計の針を見るともう日付を跨いでいる。日曜日に、紙芝居の日になっている。

 眠れない理由は分かっている。それは私が少しだけ興奮しているから。

 その興奮の理由は、結城くんのする紙芝居を明日、じゃない今日観に行くから。

 一体どんな紙芝居をするのだろう? 先週も観たけど、とある事情で全部を楽しむことができなかった。今回は全部楽しむつもりだ。

 紙芝居のことを考えると、楽しみ過ぎて眠れない。

 それならば、他のことを考えよう。そうだ、明日は何を着ていこうか。先週はジャージだった。部活をサボったからだけど、あんなかっこうでまた観に行くのは、ちょっと。せっかくだからかわいい服を着て観に行きたいような気分だ。それに結城くんの前では変なかっこうはしたくないし。

 悩んでいると目が冴えてきた。結果、また眠れなくなる。

 寝ないといけないのに、全然眠れない。


 目が覚めると、もうお昼前だった。

 紙芝居の上演開始時間は午後一時。まだ余裕がある時間帯だけど、そんなにゆっくりとはしてはいられない。

 慌てる必要はないけど、少し急がないと。

 寝ながら、ベッドの中で熟考していたことは結局結論が出ずじまいだった。ということは、今から考えないといけないということ。

 何を着て観にいこうか?

 考える、悩む、決定する。けど、やっぱり止める。

 先輩とのデートの前にも一応着ていく服で悩むことはあるけど、先輩の好みの服じゃないと不機嫌になるから、それ以上に考えてしまう。

 クローゼットの中から色々と服を取り出し、鏡の前で思案しているうちに出発しないといけない時間が迫ってくる。一体いつの間にこんなにも時間が経ってしまっていたのだろう。

 急いで結論を出す。服を着替える。

 あれこれと考えたわりに、いつものあまり変わらない、というかお気に入りのスカートを。

 そうだ。ちょっとだけメイクをしてみよう。髪もいつも以上に丁寧に仕上げよう。

 これで、よし。

 後はもう出るだけだ。時計を確認すると。もう出ないと、急がないと間に合わない。

 けど、その前に。机の上に大切に飾ってあるクマのマスコットを手に取る。今日はこの子も連れて行こうかな。一緒に観ようかな。

 いつもは部屋の中でお留守番をしているから。

 うん、そうしよう。

 バッグの中に大切にクマのマスコットを入れて私は部屋を飛び出した。


 家を出るときには少し肌寒かったけど、ショッピングセンターに付く頃には丁度いい、いやほんの少し暑いくらい。

 というのも、ゆっくりと自転車を走らせていたのでは開始時間には到底間に合いそうもなかったので必至になってペダルを漕いだせいだった。

 でも、おかげでなんとか間に合う。けど、ぎりぎりの時間。

 もうすでに結城くんは紙芝居の台座の横にいつもの青い半被を羽織って立っていて、台座の扉に手をかけ開けようとしていた。

 結城くんの前のベンチは半分くらい埋まっている。さあ、どこで観ようかな。前の方は空いている。以前の私なら恥ずかしいからという理由でそんな場所に座るという選択肢はなかったけど、今の私なら問題なし。けど、大きな私が一番前に陣取ってしまうと後ろにいる子達の邪魔になるのは間違いない。だから、座らない。

 それなら他に居る場所は? 周囲を見渡す。

 エスカレーター脇の大きな柱の横に立つ。ここで観ることに。

 この場所は結城くんのする紙芝居を初めて観た場所。あの時は恥ずかしいから柱の後ろに隠れるようにしていたけど、今日は堂々と観る。

 紙芝居が始まる。

 熱演という言葉が相応しいくらいのお芝居。観ているこちらが圧倒されてしまうくらいに。

 紙芝居の正しい見方というものを私は知らない。おそらくだと思うけど、台座の中に入った絵を観ながら語りを聞くのが正解なのかもしれない。けれど、私の目はその絵よりも台座の横で小さな体を大きく見せながら動き、演技している結城くんにずっと惹きつけられていた。

 左右に体の向きを変える。登場人物によって声が変わる。それだけじゃない姿勢も違う。若い人の時には背筋がしゃんと伸びているし、お年よりも時には少しだけど腰が曲っているし肩も落ちている。それ以外にも男女でも演じ分けている。男の人は肩幅にまで足を開いているし、女の人の時は閉じている、ちょっと内股になっている。

 すごい。

 着ている服が変わるわけではないのに、全部結城くんがしているのに、全然違うキャラになっているし、そう見えてくる。

 紙芝居が終わる。結城くんがお辞儀する。私は大きく拍手をする。

 以前の私なら恥ずかしくて手も叩けなかった。賞賛する気持ちはあってもそれを表に出すような勇気がなかった。でも、今は大きく手が叩ける。

 結城くんはヤスコさんと交代する。そしてさっきまでヤスコさんが座っていたイスに腰をおろす。肩で息をしている。その顔にはいく筋かの汗が流れ落ちている。

 人を楽しませるために、あんなにも全力で取り組んだんだ。本当にすごいと思う。

 


   こう


 先週に引き続き、今週もまた藤堂さんは紙芝居を観に来てくれた。うれしい。

 けど、藤堂さん一人のために紙芝居を上演するわけにはいかない。本音を言えば、全て彼女のために上演してもいいような心境ではあるけど、さすがにそれは駄目だ。

 来るなんて思ってもいなかったけど、図らずとも最初の紙芝居は大人でも十分に楽しめる作品を上演した。柱の横に立っている藤堂さんは喜んで観てくれてはいたけど、ベンチに座っているちびっ子の反応は今一のように感じられた。

 今、上演しているヤスコのもあんまり受けがよくないようだ。

 せっかく来てくれたのだ。それなら楽しんでいってもらいたい。

 三本目の紙芝居に選んだのは、『怪盗クワトロ』。子供達と一緒にする紙芝居。あの人が得意にしていた作品。あんなにかっこよく、かつコミカルには演じられないけど上演する。

 笑われるのはすごく簡単。けど、笑わせるのはすごく難しい。

 そのことを肝に銘じながら演じる。おどけて、ふざけてすれば簡単に笑いは起きるけど、それは馬鹿にされ笑われているだけ。そんなのは恥だ。

 子供向けだから藤堂さんには少し面白くないかもしれないけど、彼女を含め、この紙芝居を観ている人全員を笑わせようとがんばってみる。

 最初は反応が薄かった子供達だけど最後には大受けだった。が、その横にいる、あるいは別の場所で立っている保護者の方々まで爆笑の渦に巻き込むにはほど遠かった。つまらなそうに携帯を弄っているお父さんもいたし。

 けど、藤堂さんは笑ってくれていた。まあ、それだけでも十分満足だ。


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