創作タイム 3
湊
今日も部活終わりに先輩の家に、部屋に行く。
本当はこんなことなんかしたくないのに。
何度しても気持ち良くなんかならないのに。
私の口から大きなため息が一つ漏れ落ちる。
航
書けない。
昨日、あれからヤスコが帰ってからも紙芝居について考えた、頭を悩ませた。
それなのに何一つ進展しない、その兆しさえ見えない。書くという前段階で見事なまでに躓いてしまっている。
このままじゃ駄目だ。
そうは思うけど、本当に何一つとして紙芝居のアイデアが浮かんでこない。
やはり創作という作業に慣れていないからなのだろうか? それとも単に俺に創作の才能が欠如しているだけなのだろうか?
ここは一つ、ヤスコの助言に従ってみようか。最初からオリジナル作品というのはハードルを高く設定しすぎているのかもしれない。妥協ではないのだがこの辺りの、まだ紙芝居にしていない昔話を書いて習作というか、練習をするのも一手かもしれない。
けど、それだと大人向けの、藤堂さんが喜んで観てくれる紙芝居になるのか。
もしかしたらヤスコの言う通りに藤堂さんなら喜んで観てくれるかもしれない。
けれど……やはり良いかっこをしたいという下心のようなものが。
どうしようか? このまま考え続けるか、それとも妥協すべきか。
本来考えないといけないことを後回しにして、二択の問題のどちらを選択するかという難題に時間を費やしてしまう。
湊
大きなため息が出た後、俯いてしまう。
このままじゃ気分までも落ちていってしまう。そうなったら再浮上するのは大変だ。気持ちはまだ落ち続けているけど、とりあえず下を向いてしまっている顔だけでも上げる。
結城くんの背中が見えた。
その背中は丸くなっている、少しだけ小さくなっている、ように映る。
多分、考えているんだ。紙芝居の創作について。
結城くんはがんばっているんだ。
そんな背中を見ていたら、私もがんばらないと、と思えてくる。
自分でも理由は分からないけど、そう思えてきた。
航
昔、聞いたことがある。インプットとアウトプットは別物だ、と。
このインプットとは知識の収集。同年代の人間に比べれば俺はまあ本を読んでいる方だと自負している。そして数多くの物語に触れる環境にいたので、人のあまり知らないような話も知っている。だから情報は俺の中に多く存在しているはず。だけど、それを外部に出す訓練をしていない。つまりアウトプットが上手くできない。
やはり何かしら既存の話で練習をしてから、オリジナルに挑戦すべきなのかもしれない。ヤスコの助言に従うのが最良の選択なのかもしれない。
頭の中ではそう考えるけど、気持ちが納得しない。
大人が楽しめる作品を、藤堂さんが楽しめる作品はそれでは駄目なような気がする。
ならば第三の選択肢として落語ネタの紙芝居はどうだろうか。
これなら大人は楽しめるはず。だけど、藤堂さんはどうかな?
駄目だ。こないだの上演で落語の紙芝居をかけたけど笑ってはくれなかった。
結局、結論は出ないまま。
そして紙芝居のアイデアも当然ながら出てこないまま。
湊
朝は一緒だったけど、帰りの車内には恵美ちゃんの姿はない。
いつものように部活終わりに先輩の家に行ったから、帰りは一人。
部活終わりの電車なら座れる可能性は高いけど、この時間帯は仕事帰りの人が多くて席にはまず座れない。
つまり、ずっと立ったまま。
疲れているから、座りたかった。
この疲れは肉体的にではなく、精神的なもの。
部活で運動しているから体ももちろん辛い。けど、それ以上に毎日の先輩とのことのほうが疲れるし、きつい。
でも、明日と明後日部活は休み。
明日は先輩と会わないといけないけど、次の日、つまり日曜日には何の予定もない。
結城くんの紙芝居を観に行ける。
来てもいい、観てもいい、と言ってくれてから今度はちゃんと楽しもう。
そう考えると、少しだけ疲れが和らいだような気が。
航
書こうと決意して一週間。
だけど未だに書けないまま。
けれど、何の進展もなかったわけじゃない。一つだけ決めたことがある。それはオリジナル作品の紙芝居を創ると決めたこと。
初めての作品だから、大きな希望を抱いて創作に望みたいという願望があったから。
否、そうじゃない。やっぱり、彼女に、藤堂さんにいいところを見せたいから。
俺が紙芝居の創作をしているとヤスコが言った時の藤堂さんの顔は今も瞼の裏にハッキリと思い出すことができる。
あんな顔をしてくれたんだ。それはすごく期待をしているという表れのはず。
この一週間で俺には創作の才能が皆無なことを思い知らされた。それでもその辺のお話を持ってきてお茶を濁すような作品作りはしたくない。期待にちゃんと応えられるかどうか判らないけど、それでも彼女を喜ばせたい。
そんな意気込みが俺の中に生まれる。
けど、肝心のアイデアはまだ一つも浮かんでこない、生まれてこないまま。




