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創作タイム 2


   みなと


 結城くんの背中を見ながら、心の中でずっと応援を続けていたら、いつの間にか放課後になっていた。

 大変だ。今日の授業の内容を全然憶えていない。ノートも白色、もうすぐ中間テストがあるというのに。誰かからノートを借りないと。

 でも、今日一日ずっと穏やかな、なんだか幸せな気分に包まれていたような気がした。

 いつもは口にするのも辛いけど無理やり胃の中に押し込んでいたお弁当も全部美味しく食べられたし。

「湊ちゃん、部活行ける? 今日も休んどく?」

 恵美ちゃんが部活に誘いに来る。

 大丈夫。今日は行ける、練習できる。

 昨日の結城くんの紙芝居で元気をもらったから。

 いつも練習に行くのが億劫だった。周りから、とくに先生から出ている期待という名のプレッシャーを感じながらの部活は辛かった。

 だけど、今日はきっと大丈夫。


 やっぱり練習はきつかった。けど、なんとか終了。

 辛い時に結城くんの紙芝居のことを考えていた。そうしたら、乗り越えることができた。


 きつかった部活が終わる。

 ……けど、まだ私は家には帰れないはず。

 昨日、一昨日と先輩とはしていない。おそらく先輩は溜まっているはずだ。性欲のはけ口として私を求めてくるはず。

 悪い予感は、当たらなくてもいいのに見事に的中してしまう。

 先輩の部屋で、抱かれる。土日の分を埋め合わすように何回も。

 全然気持ち良くなんかない。むしろ、気持ち悪いくらいだ。どうして、こんなことをしなくちゃいけないんだろう。

 それは私が先輩の彼女だから。そして……。

 だから、耐える。黙ったままで気持ち悪いのを耐えている、我慢していると先輩は不機嫌になってしまうから、気持ち良くなっているふり、感じているふりを、演技をする。

 早く終わってくれないかな、そんなことを考えて。

 それから、結城くんの紙芝居のことを考えながら我慢して、先輩に抱かれ続ける。



   こう


 いつもなら学校帰りには稽古場によって紙芝居の自主練をするけれど、今日は行かずに、というか何処にも寄らずにそのまま帰宅。

 同じ道なのに、いつもとは全然違うように見える景色を横目にペダルを回す。回しながら考えごとをする。考える内容はもちろん、紙芝居の創作について。

 授業を聞かずにずっと考えていたけど、何一つアイデアが浮かんでこなかった。普通ならこの時点で諦めてしまっているだろう。無理だと悟り、才能が無いことを自覚して、放り投げてしまっていただろう。

 けど、俺はまだ足掻いている、考えている。

 この脚のように脳みそもクルクルとスムーズに回転してくれればアイデアの一つや二つくらい簡単に出てきそうなものなのに。

 けどまあ、一つ頭に浮かんだことがある。紙芝居のアイデアとは違うけど。

 それは、せっかく藤堂さんが観てくれるのだから、大人が観ても楽しめるような紙芝居を創ろう、というある意味決意のようなもの。

 昨日の言葉を思い出す。「大人は紙芝居を観ちゃいけないの?」。

 観ていい。だけど、現状は大人向けの、高校生が楽しめる紙芝居なんかあまりないよな。

 だったら、いっそのこと俺が創ってみようか。

 まだ何一つ具体的なアイデアが浮かんでいないのに、そんな大きなことを考えながら自転車を走らせていたら、いつの間にか家に着いていた。


「おーい、できたかー」

 部屋の中でも一人色々と思考を巡らし、時折参考資料マンガを読んでいた俺の元にヤスコが突如襲来してきた。

 その目的は紙芝居の創作について。こないだまではほったらかしだったのに。

「昨日今日で簡単に書けるわけがないだろ。常識的に考えろよ」

 反論する。努力はしているけど、創作がそんなに簡単なものじゃないくらい判っているだろ。

「えー、まだなの?」

 可愛い声と(しな)を作っていう。

「えー、まだなのじゃない」

 まだ書く以前の段階にすら辿り着けていない。

「甘いな。人間死ぬ気でやれば案外何とかなるもんよ。アタシなんか昔普通に仕事しながらも徹夜して三日で紙芝居を創ったもんね」

「慣れている人間と一緒にするな。俺は紙芝居を創るのなんて初めてなんだから」

 初めてという言葉にヤスコは反応した。いやらしい笑みをコッチに向けてくる。

「そうだよね。航にとっては大事な処女作だもんねー。創作なんて経験したことない童貞くんだってのをすっかり忘れてたー」

『処女』と『童貞』を強調して言う。

「まったく。どこの親父だよ」

「失礼ね。この身体のどこがいやらしい親父なのよ」

 豊満な胸を強調する。両腕で胸を支えて俺に迫ってくる。

「身体じゃないよ、中身だよ。外見は女かもしれないけど、ヤスコの中身は親父だ」

 こんなセクハラ行為をするのは親父そのものじゃないか。

「まあ、冗談はこれくらいにして。どれくらい進んでいるの?」

 さっきまでの顔とは一転して真面目な表情を浮かべてヤスコが言う。

「進むもなにも、全然。アイデアさえ浮かんでこない」

 コチラも真面目に対応する。こんなところで見栄を張ってもしかたがないので正直に報告を。

「そんなに気負わなくて平気よ。とにかく、何でもいいの。難しく考える必要なんかないから。その辺にある昔話でもいいし、ありきたりの童話だって構わないから」

 たしかにそれなら簡単に書けそうだけど。けど、せっかく書くのなら、やっぱり自分で物語を創作してみたいという欲にかられてしまう。

「けど、それじゃ面白くないだろ」

 そう、既存の物語じゃ藤堂さんを満足、楽しませることができないかもしれない。

「もしかして昨日の彼女のことを考えている」

「そんなんじゃない」

 図星をつかれた。けど、否定する。

「そうだよね。せっかくかわいい女子高生が観てくれるんだから」

「だから、そんなんじゃないから」

「そうやって真っ赤になって否定するのが、まだまだ童貞だね」

「うっせー」

 本当に赤くなってしまっているのか、それともからかわれているだけなのか。

「けどさ、あの子なら航がどんな紙芝居を創っても喜んで観てくれると思うけどな」

 そうかもしれない。

「……けどさ……」

「まあ、そこまで言うんなら精々気張りなさい。彼女を楽しませるような物語を書きなさい」

「だから別に藤堂さんのためとか、そんなんじゃなくて……」

「けどまあ、好きな子のために詩や歌を作るって話は聞くけど、紙芝居とはね」

「だから、藤堂さんはそんなんじゃねーよ」

 誤解してやがる。藤堂さんには……止めておこう。なんか黒い感情に押しつぶされてしまいそうな気がしたから。

「はいはい、そういうことにしとくわよ」

 馬鹿にしたように言う。

「だから……」

 上手い言葉が見つからないけど一応反論を試みようとする。その前にヤスコに遮られてしまう。

「そうやってすぐに否定するのは童貞みたい」

 うっせい。どうせ俺はまだそんな経験をしたことのない童貞だよ。

「それじゃ、また様子を見に来るから。それまでにはアイデアの一つや二つひねり出しておきなさいよ」

 そう言ってヤスコは部屋から出て行く。階段を下りて帰っていく。

 ヤスコが俺の部屋にいた時間は五分もない。俺を馬鹿にするためだけにわざわざ来たのか。

 一体何をしに来たんだ、アイツは。


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