表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/115

かみしばい 6


   みなと


 こんなところで泣いていたら結城くんに迷惑をかけてしまうのに。

 それなのに私の涙は止まらない。

 滲んだ視界に結城くんの姿が。すごく困っている顔が視界に映る。

 泣き止まないと、それなのに泣き続けてしまう。

 誰かが私の手を引っ張る。ここではないどこかへと連れていこうとする。それに抵抗せずについていく。

 気が付くと私は喫茶店にいた。目の前には結城くんが。

 言わないと、謝らないと。それなのに言葉が出てこない。涙がまだ止まらない。

 ああ、結城くんはまだ困っている。いいかげんに泣き止まないと。これ以上は迷惑をかけられないのに。

 必至に涙を我慢する。言葉を出そうと振り絞る。

 私の口から出たのは小さな音だった。だけど、結城くんの耳に届いた。

 言葉を続ける。謝罪の言葉がやっと出てくる。ずっと私の中にあった罪の意識を、心の中に溜まった澱のようなものを外に出す。

 結城くんは、気にしなくていい、と言ってくれた。運が悪かっただけ、と。けど、停学になった原因は私にある。

 そのことを簡単にだけど、説明する。先輩とのことは、本当は結城くんには聞かせたくないけど、言いたくなかったけど。

 けど、許しを請わなければいけないのは、これだけじゃない。

 まだ、ある。

 屋上のドアの前で結城くんに近付くなと言われたのに、それなのに……。

 そのことも謝る。

 誤解だった、私の勘違いだった。結城くんは私のことを毛嫌いして、あんなことを言ったんじゃなかった。その反対に私のことを案じての言葉だった。

 今までずっと勘違いをしていたんだ。結城くんは私のことを嫌ってなんかいなかったんだ。

 それにしても、どうしてこんな勘違いをしてしまったんだろう。

 考える。結果、黙ってしまう。結城くんも話してこない。二人の間には沈黙が。

 遠くからヤスコさんの声が聞こえる。そうだ、今は紙芝居の時間だ。

 結城くんを私なんかのために付き合わせてしまって申し訳ない。

 もう、私のことはいいから。紙芝居をしてきて。そう言わないとと思っていたら、

「藤堂さんまだ時間ある?」

 先に切り出したのは結城くん。

「えっ……うん」

 自分が先に言おうとしていたのに、先を越されて少し戸惑う。

「だったら紙芝居を観ていってほしいな。さっきは楽しませることができなかったから」

 素敵な提案。結城くんの言う通り、さっきは面白かったけど、楽しめなかった。

「うん、観たい。結城くんのする紙芝居をもっと観たい」

 返事をする。

 そして、二人で喫茶店を出て、紙芝居の上演場所に。


 声が擦れているヤスコさんと交代で結城くんが紙芝居を。

 もうベンチには座る余裕がないので私は柱の横に。ここは最初に結城くんの紙芝居を観た場所。けど、その時は隠れていた。でも、もう隠れない。

 今度は楽しい。心の底から面白いと思える。

 けど、楽しい時間はあっという間に終わりを向かえてしまう。

 結城くんの紙芝居は一本だけで終了。


「おお、泣き止んだね」

 ヤスコさんが声をかけてくれる。その声はすごく擦れている。私のせいだ。

「……ごめんなさい」

 頭を下げて謝る。あの時泣いたりなんかしていなければ、ヤスコさん一人で紙芝居の上演なんかしなくてもよかったはずなのに。

「いいよ、藤堂さんが謝る必要なんかないから。こんな声になったのは自業自得だから」

 後片付けをしていた結城くんがいつの間にか傍まで来ていた。

「それって……」

「二日酔いのせいだから。紙芝居の上演があることを忘れてしこたま呑んだ罰が当たったんだ」

「だから、二日酔いじゃない。車の運転で酔ったの」

「はいはい、そういうことにしてやるよ。だから、黙れ」

「黙らないから。このまましゃべり続けて、もっと酷い声にして三時台も全部航にしてもらうんだから」

「はあああ、何言ってんだ」

「だってさ、航はこの子に楽しい紙芝居を観せたいんでしょ。だったら」

「だから、何を言ってんだ」

 結城くんとヤスコさんの息の合ったやりとり、まるで漫才のよう。思わず笑ってしまう。

「おお、笑ったね。やっぱり女の子は笑っている顔が一番だね」

 言われて気が付く。そういえば私、今笑っている。

「そんな君をもっと笑顔にするような情報を与えよう。あのね、実は、何と、航はね、自分で紙芝居を書いているの。できたら、絶対に観てあげてね」

 結城くんが創る紙芝居。すごく楽しみだ。

 結城くんがどんな紙芝居を創るのか、そればかりを考えてしまう。



   こう


 できれば有耶無耶にしたままでいたかった。忘れたままでいたかった。

 てっきりヤスコ自身も忘れてしまっていると思っていたのに。しっかりと憶えていやがった。

 藤堂さんを見る。

 笑顔が咲き乱れている。破顔一笑という言葉がピッタリなくらいの喜びがあふれている。

 こんな顔を見ていると創らないわけにはいかない、と思えてくる。

 なかったことにしたかったけど。あのまま忘れ去ってしまいたかったけど。

 藤堂さんに喜んでもらうために、一丁がんばってみるか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ