かみしばい 2
航
いつも車を停めている三階の駐車場が満車だったために、屋上に車を停めることに。
停車するやいなや、俺は車内から飛び出してショッピングセンターの中に。
通常ならばエレベーターで紙芝居の上演を行う二階へと下りるのだが、俺は機械を使用せずに自前の脚 で、つまり階段を急いで駆け下りる。
どうしてそんなに急いでいるのか?
それは紙芝居の上演時間が迫っているから。
何故、そんなギリギリの時間に到着したのか?
それはヤスコのせい。
移動の手段が自転車か公共交通機関しかない俺はいつも一緒にする人の車に同乗してこのショッピングセンターまで来ている。つまり、今日はヤスコの運転する車で来る予定になっていた。
ところが、時間になってもヤスコの車は来ない。俺の家に迎えに来ない。
ヤスコの携帯電話にかける。出ない。少し時間を置いてかけ直す。また出ない。今度は自宅の電話に。伯母さんが出て「まだ寝ている」と言う。
このままでは遅刻は確実。
俺は自分のフラットバーロードを持ち出してヤスコの家まで全力疾走。
隣の丁目、ものの数分で到着。
従姉とはいえ一応妙齢の女性。その部屋に本人の了承もなく入るのは悪いような気もするけど、背に腹は代えられぬ、それに伯母さんから入室の許可も得ている。
まだ寝ていたヤスコを叩き起こした。
起こすことには成功したけど様子がおかしい。まだ寝ぼけているが、なんとか意思疎通のできるヤスコに問い質すと、昨日の夜、正確には明け方までずっと呑んでいたらしい。なんでも仕事で大変お世話になった人が転勤するので、その送迎会にずっと付き合っていたらしい。
今日、紙芝居があることをすっかり忘れて。
こんな状態で紙芝居ができるのか? いや、それよりも車の運転なんかできんのか?
と、不安に思っている俺を尻目に、
「……大丈夫。……今準備するから、ちょっとだけ待ってて」
ベッドからノソノソと這い出してきて、俺がいるにもかかわらずパジャマを脱いで着替えを始めた。
慌てて部屋から出て待つことに。
不安ではあるが俺はただ待つことしかできなかった。時間の流れがすごく早く感じた。
「……お待たせ」
見事なまでに呑みすぎを証明するような酒やけの嗄れた声。それに生気もなかった。
こんな状態で運転なんかできるのかと心配になるけど、他に手段はなし。フラットバーロードでは荷物を運べない。公共交通機関を利用すると遅刻するのは必至。
ヤスコの運転する車は無茶苦茶だった。
普段の運転もとても丁寧、安心とはいえないものであったが、今日はそれに輪をかけて酷い。そんな酷い運転なのに、オービスのある所ではキッチリと減速しやがる。車線を縦横無尽、我が物顔で変更しまくって爆走。
いつもの時間を八分も短縮して到着。
正直助手席に座っていて生きた心地がしなかった。普段はろくすっぽ信じない神様にこの時ばかりは敬虔な信者のふりをして祈り続けた。
そしてショッピングセンターの敷地に入った瞬間、その神様に心の中で感謝の言葉をささげた。
だけど、いつまでも感謝している場合ではない。上演開始時間まで五分を切っていた。
ということで、これが階段を駆け下りている理由。
二階に到着。
もうすでにベンチには何人ものお客さんの姿が。
その中に一際目立つ人物が。
藤堂さんだ。
久し振りに紙芝居を観に来てくれた。もう紙芝居に興味を失ったわけじゃないんだ。すごく嬉しい気分に。
しかしちょっと格好が気になる。学校の体育の授業で着用する野暮ったいデザインのとは別物のジャージ。部活帰りにでも寄ってくれたのだろうか。
声をかけようか。
ああ、駄目だ。
声をかけるということは立ち止まるということ。今はその時間も惜しい。それに止まるということは、階段を駆け下りてきた勢いで走っている速度を殺すということに。
勿体ない。
速度を維持したまま、いやさらに加速して藤堂さんの座っているベンチの横を駆け抜ける。紙芝居の台座の下に置く、台、キャスター付きを取りにバックヤードへとひた走る。
台を取って戻って来ると、丁度ヤスコが紙芝居の道具一式と一緒にエレベーターで二階へと到着。
大慌てでセッティング。
間に合った。開始時間一分前、ギリギリだ。
「……航……ゴメン、酔ったからこの時間の紙芝居無理。……お願い、一人でして」
ちょっとだけ安堵している俺に、まだ酷い声のヤスコが言う。
ここまで運転しただけで、上演開始時間に間に合っただけで十分。もとよりこんな状態で紙芝居なんかはなから期待なんかしていない。
「ずっと酔ったままだろ」
けど、何か一言文句を言わないと気がすまない。
「……違う。……これは二日酔いじゃなくて。……車で酔った」
自分の運転する車で酔ったのか。なんて器用な。
呆れていいのか、感心していいのか。いや、今はそれどころじゃない。もう時間だ、上演しないと、始めないと。けど、何をするべきか。ええい、コレでいいや。
最初に手にとった紙芝居を台座の中に放りこむ。
いつもは半被を身に纏い紙芝居をするが、割愛。ついでに上演中は外す眼鏡もつけたまま。
よく見える視界の先にジャージ姿の藤堂さんが。
ずっと渇望していた、ずっと観に来て欲しいと望んでいた。
それがようやく実現。
だけど、藤堂さんの表情がすごく気になる。暗く澱んでいるような。紙芝居を楽しみに待っているとは到底思えないような。
ならば、その顔を明るくしよう、楽しませよう。笑わせて、笑顔にしよう。
その為の稽古は日頃から積んできたつもりだ。
でも、俺台座の中に一体何の紙芝居を入れたんだろう。台座の後ろ側をチラリと見る。
小さい子供向けの作品だけど、この作品なら多分大丈夫なはず。観ている子供達はもちろん、藤堂さんもおそらく楽しんでくれるはず。
時間に。台座を開き、紙芝居の上演を開始。