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かみしばい


   みなと


 日曜日、部活は休みだけど、希望者が集まって自主練をすることになっていた。

 みんなが、部員全員が参加するから、当然私も参加することに。

 でも、本音を言うと行きたくない、参加したくない。

 疲れているから休みたい。

 けど、私は部の中で一番経験がなくてそのうえ下手くそ。それなのに身長が高くて左利きというだけの理由でレギュラーメンバーとまでいかないけど、試合に出してもらっている。

 そんな私が休むのは。

 人よりも多く練習をして、期待に応えられるくらい上手く、強くならないと。

 ジャージ姿で自転車に乗って、最寄りの駅まで。そこで恵美ちゃんと待ち合わせを。

 急がないと約束の時間に間に合わないのに自転車はなかなか前に進まない。

 ペダルがすごく重たく感じる。

 どうしてこんなにも重たいんだろう。重たいのはペダルだけじゃなくて、体も、だ。

 休みたい。

 だけど、休んでいいような立場じゃない。

 練習が始まる前からもう身も心も疲れ果てている。

 何もかも全部捨てたくなってしまう。

 期待されていることも、先輩の彼女であることも、他にも色んなことも全部。

 だけど、そんなことできない。

 私の立場は、私自身はよく分からないけど、周りから見ればうらやましいものらしい。

 それを捨てたりなんかしたら、もしかしたら恵美ちゃんに嫌われてしまうかもしれない。

 こんなことでこの地に来て初めてできた友人を失うのは嫌だ。

 後少しで駅に到着する。この角を曲がれば駅、そこからいつもの電車に乗って学校に。

 それなのに私の乗った自転車は道を真っ直ぐに進んでいく。

 駅から徐々に遠ざかっていく。

 待ち合わせの時間が、電車の時間が迫っているのに。

 私の乗った自転車は、そのまま真っ直ぐに走り続ける。


 気が付くと、ショッピングセンターの駐輪所に私はいた。

 何故ここにいるのか全然分からないけど、とにかくいた。

 待ち合わせの時間はとっくに過ぎていた。乗るはずだった電車はすでに駅のホームから離れているはず。

 部活で使用しているスポーツバッグの中に入れてある携帯電話には、恵美ちゃんからの着信とメールが。

 急に具合が悪くなったから休む、と返信する。

 本当は具合なんか悪くなっていない。落ち込んで、塞ぎこんではいるけど、練習に出られない程じゃない。これはサボるための言い訳だ。

 すぐに返信が返ってきた。『ゆっくり休んで』。この文面を見て、心が小さく痛む。

 噓をついたから。

 反面少しだけほっとした、安心したような気が。

 部活に出なくてよくなったから。

 けど、これからどうしようか。ズル休みとはいえ、具合が悪いと言ったのだから家に帰るのが正しいのかもしれないけど……。

 でもこのまま帰ったら、お母さんに心配をかけてしまうんじゃ。

 ならば、どこに行こう? どこも思いつかない。

 この土地に引っ越して来てからもう半年以上も経っているけど、この辺りのことを全然知らない。いつも恵美ちゃんの後ろにくっついているだけだったから。

 どうしよう?

 このショッピングセンターで時間を潰そうか。ここならお店もたくさんあるし。

 とくに当てもなくショッピングセンターの中を歩く。というよりも彷徨う。

 二階の南エレベーター前まで来た。入店したのが北側の入口だから端まで歩いたんだ。

 今はまだ人の数は少ないけど、後一時間もしたらきっと賑やかになるはず。ここは結城くんが紙芝居をする場所。

 まだ誰も座っていないベンチに持っているスポーツバッグを下ろす、私も腰を下ろして座る。

 ずっと観ていない。観たいな。

 ……でも、駄目、観られない。

 紙芝居は子供が観るもの、大人は観ないもの。お母さんの言葉が脳裏に。私は大人になんかにまだなりたくなかった。けど、経験してしまった。それも一度だけじゃなく何回も。昨日だって。望んでなんていないのに、大人になってしまった。だから、紙芝居を観ては駄目なはず。

 それに結城くんからも、近付くな、と言われた。

 そう考えているのに、観たいという欲求は治まらない、消えてなくなってくれない。

 駄目だ。このままこの場に居続けて、万が一にも先輩に、もしくは先輩の知り合いに見られたりなんかしたら。そうなったら結城くんに今度はどんなとばっちりが。

 屋上の件でも迷惑をかけたのに、これ以上巻き込めない。

 急いで、ここから離れないと。

 それなのに、私はベンチに座ったまま。

 店内アナウンスが流れる。一時からの紙芝居の上演を告げている。

 それなのに、動けない。

 紙芝居を楽しみにしている子供達がだんだん集まってくる。

 こんな大きなのがいつまでも座っていたら邪魔になる。早くここから立ち去らないと。

 それなのに、座ったまま。

 上演時間が迫ってくる。もうすぐここに結城くんが来るはず。

 教室で結城くんの背中を見ているだけでお腹が痛くなるのに、正面から、顔を、目を見たら、どんな激しい痛みが襲いかかってくるか。きっと悶絶するような痛みになるだろう。

 頭によぎる。そんな強い痛みに見舞われないためには一刻も早くここから去るべきなのに。

 それなのに、私はこの場から動けないまま。

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