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   みなと


 朝、起きたくないのに勝手に目が覚めてしまう。このままベッドの中で寝ていたいけど、そうもいかない。学校に行かなくちゃいけない。行くのが学生の本分だし、学費を出してもらっている身、それに両親に心配をかけてしまう。でも、本当は行きたくない。重たい体を無理やりベッドの上から引き下ろして制服に着替える。朝御飯を食べずに自転車に乗って最寄り駅、通学で使用する駅まで。力が出ない。出ない理由は分かっている。行きたくないという気持ちと、朝御飯を食べていないから。食べないといけないことは十分に理解しているけど、体が受け付けない。駅で恵美ちゃんと待ち合わせる。恵美ちゃんはいつも元気だ。私もそれに無理して合わせる。じゃないと、彼女に心配をかけてしまう。教室に入る、授業が始まる。結城くんの背中が目に映る。痛い、見えない誰かの手で、もしかしたらそれは結城くんの手かもしれない、私のお腹の中を、胃を、腸を、子宮を握りつぶしているかのように。鈍い重たい痛みが私の中に。痛みに耐えかねてか、それとも罪悪感から逃げるためか、自分でも分からないけど、視線を机の上に落とす。結城くんの背中を見ないようにする。でも、痛みは私の内から消え去ってはくれない。鈍い、重たい痛みを発したままだ。放課後になる。結城くんの背中が私の視界からなくなる。と、痛みも消えていく。安堵すると同時に、罪の意識がより強くなっていく、私一人だけが停学の処分を免れたという事実。このまま家に帰りたい、布団の中に直行して現実から逃避するように眠りたい。もし、眠れなければクマのマスコットの力を借りて。でも、そうはいかない。部活がある。私は団体戦のメンバーに選ばれたんだから、ちゃんと練習に参加しないと。ただでさえまだ下手なのに、他の人の足を引っ張りたくない。必死になって練習する。指導してくれる先生や先輩から何度も何度もきつい指導の声が飛ぶ。折れてしまいそうになるけど踏ん張って受け止める。この叱咤の声は私に期待してくれているからかけられるもの。それに応えないと。望んでここにいるわけじゃないけど。本音を言えば、あまりしたくないけど。もっと楽しくノンビリとバドミントンをしていたい。けど、しないと。このポジションにいたいと思っているのに選ばれなかった恵美ちゃんの分まで。長く感じたけど、実際には二時間ほどの練習が終わる。だけどまだ、家には帰れない。いつものように先輩が待っている。私は先輩の彼女、付き合っている。疲れた体で部活の皆と別れて先輩の家に。先輩の部屋で裸になる、抱かれる。こんなことはしたくない。でも、しないと先輩は怒ってしまう。そうなると、どんな目にあうのか。だから、我慢する、耐える、先輩が満足するまで堪える。経験を重ねれば、性行為の嫌悪感は消えるかもしれないと思っていた。私自身も少しは気持ちよくなるかもしれないという期待もあった。けど、全然気持ちよくなんかならない。辛さが増してくばかり。行きとは違い、帰りの電車は一人。寂しい、孤独だ。ようやく家に帰り着く。信くんが待ち構えている、本を読んでほしいとねだってくる。疲れているから部屋に戻りたい、それよりも先にシャワーを浴びてまだ肌に残っている嫌な感触を一刻も早く落としたい、消し去りたい。けれど私はお姉ちゃんだ。幼い弟は大切にしないと、大事にしないと。夕ご飯の準備で忙しいお母さんを助けないと。仕事で遅いお父さんを除いて三人でテーブルを囲む。胃は受け付けないけど無理やり押し込む。食べないとお母さんに余計な心配をかけてしまう。やっと、自分の部屋に戻れる、安心できる場所に帰ってきた。けど、安心なんかできなかった。また明日も同じことがあると思うと憂鬱な気分に、落ち込んでくる。

 机の上に大切に飾ってあるお守り代わりのクマのマスコットをギュッと握りしめる。勇気を、力をもらうために。

 どうしてこんな目にあっているんだろう?

 他人の目から見れば、羨ましがられる立場のはず。

 それなのにちっとも幸せになんか思えない。その反対に不幸と感じてしまう。

 本心から望んだことができないからだろうか? けど、周りの人からすれば恵まれた環境にいるはず。

 これ以上を望むのは罰当たりなのだろうか。

 分からない。

 きっと明日も、明後日も、その次の日も、これから先もずっと同じ。

 けど、我慢しないと。

 私は彼女だから、私は後輩だから、私は友達だから、私はお姉ちゃんだから……。


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