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すれ違い 3


   みなと


 胃が痛い。

 見えない誰かの手が私の胃を握りつぶしているんじゃと思うくらいの痛み。

 痛みの原因は分かっている、罪悪感からだ。

 教室の一番前の席の結城くんの背中が見えるたびに、私の胃は握りつぶされ、悲鳴を上げる。

 我慢する。

 痛みが増していく、酷くなっていく。

 それでも我慢する。痛い素振りを見せたら周りの人に心配をかけてしまうから。

 耐えようとするけど、耐えられない。

 罪の意識から逃げるためか、それとも痛みから逃げるためかは、自分でも分からないけど、私は結城くんの背中から無理やり目を逸らした。


 だけど逃げられない運命みたいだった。

 お昼休み、結城くんが教室からいなくなり、胃痛からちょっとだけ解放されていた時に、不意に恵美ちゃんが、

「屋上ってさ、いいのかな?」

 避けたい話題なのに、結城くんのことを。

 気持ち良い場所だった。だけどそれは屋上がじゃなくて、結城くんと一緒にいることが。

 でも、そのことは言えない。

 だから、黙っている。

「あたしも行ってみたいな」

「……どうして?」

 避けたい事柄のはずなのに、つい訊いてしまう。胃の痛みに耐えながら。

「たまに独りになりたい時とかあるんだよね」

「……そうなんだ」

 いつも大勢の人間の中心にいるような彼女でもそんなことを思うんだ。少しだけ新鮮な驚きだ。

「例えばさ、こないだの部活の団体のメンバーに選ばれなかった時とか……平気なフリをしたけど、本当はすごく悔しかったんだ」

 知らなかった。そんな風に思っていたなんて全然気が付かなかった。

 考えてみれば、それは当然なのかもしれない。恵美ちゃんよりもはるかに下手な私がメンバーに選ばれているんだから。

「……ごめんなさい」

「へっ? なんで湊ちゃんが謝るの?」

「……えっと……その……」

「ああ、まだ自分が選ばれたことを卑下してるんだ。もっと自信を持っていいからさ。上手くなったし、それに手足が長くて、左利きという武器もあるんだし」

「……けど……」

 もしそうじゃなかったら、私なんか選ばれるはずがない。そこには恵美ちゃんが入るはずだ。

「まあでも、もしあたしが湊ちゃんくらいに身長があったらって妄想はするけどね。でもさ、無いものねだりをしてもしょうがないし。湊ちゃんのことを羨ましがってもね」

「羨ましい?」

 私の境遇のどこに羨ましい要素があるのだろうか。

「だってさ、レギュラーにはなるし、彼氏もいるし、それに小さな弟の優しいお姉さんで、青春を謳歌してるって感じだし」

 恵美ちゃんには私が、そんな風に見えていたんだ。

 けど、そんなことはない。

 団体戦のメンバーに選ばれたのは私の実力なんかじゃない、たまたま左利きということ、それに無駄に高い身長のおかげだ。

 それに、彼氏がいるといっても、未だに先輩のことが好きなのかどうか分からない。それなのに無理強いを……したくもないことをしている。

 セックスをしている。

 これが、幸せなことなのだろうか。

 結城くんが教室へと戻ってくる。

 私一人だけではなく、一人の男の子も巻き込んでしまった。

 さっきよりも強く、キリキリと胃が痛み出した。


 

   こう


 トイレから戻ると、教室内に楽しそうな声が。

 その中に藤堂さんも。

 けど、藤堂さんの声は全然楽しそうに聞こえない。俺の杞憂なのかもしれないけど、まるで周りの人間に無理やり合わせて笑っているような気が。

 俺一人が停学になってことを気にしてくれているのだろうか? それとも別の理由があって本心から笑えないのだろうか?

 判らない。

 紙芝居の上演の時や、屋上で見せてくれたような笑顔じゃない理由を知りたい。

 しかしもう、屋上では話せない。

 ならば、今度紙芝居を観に来た時にはお腹の底から笑えるような、楽しいものを上演しよう。藤堂さんには笑顔になってもらおう。

 よし、決めた。

 あっ、紙芝居で思い出してしまった。本当ならこのまま記憶の片隅に仕舞ったままにしておきたかったけど。課題の多さで忙殺されてしまっていたけど、ヤスコからの催促がなかったからすっかりと忘れていたけど、俺は紙芝居を創らなければいけなかったんだ。

 ああ、でも、何も言ってこないということは、きっと言い出したヤスコ自身も忘れてしまっているはず。それなら、このまま無かったことにしてしまおう。


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