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二学期 5


   こう


「航、アンタ停学になったんだって。アンタにそんな度胸があったんだ。一体何をしでかしたのよ?」

 大声で笑いながらヤスコが俺の部屋のドアを勢いよく開けて入ってくる。

 こんな登場の仕方ではあったがヤスコは俺を完全に馬鹿にしているわけではない。落ち込んでいないか心配して用事も無いのにわざわざ様子を見に来てくれたのだ。

 判ってはいるが、少しだけ腹が立つ。

 だから、ヤスコが入ってきたことなんか無視して山のように出された課題と反省文に取り組んだ。嫌でもしないと終わらないほどの量。こんなに出すなよ、まったく。

「いくらアイツに憧れていたからって、そんなとこまで真似しなくてもいいのに」

 呆れた口調で言う。あの人のことは傍で色々見てきたし、周りから逸話も聞かされてきた。でも、俺と同じように高校時代に停学になったことがあるなんて。それについては初耳だ。

「停学になったことあるの?」

 ヤスコのことを無視し続けるつもりだったのに思わず聞いてしまう。

「アンタ知らなかったの。したなんてもんじゃなかったわよ。色々学校と遣り合ってさ、最後は先生方と大喧嘩して退学。そんで一人で勉強して大検をとって大学行ったの」

 昔のことを懐かしむようにヤスコが言う。

「……そうなんだ」

「そうなのよ……それでアンタは何をしでかして停学になったのよ。下で叔母さんが嘆いてたわよ」

 この問いには答えるつもりはなかった。母さんを悲しませてしまったのは正直申し訳ないと思うが。でも、あんまり反省はしていない。

 急に首が苦しくなる。ヤスコがいつの間にか俺の背後に周り込み羽交い絞めを。ヤスコの太い腕が首に入る。

 振りほどけない。

「ほらほら、さっさと言いなさい。言わないと苦しくなるわよ」

 締め上げが強くなっていく。宣言通りに苦しくなっていく。息ができない。意識が遠くなるような感覚の後、急速に空気が肺を満たす。ヤスコが締め付けをようやく緩めてくれたからだ。

「ゲッホゲッホ……今まともに首に入ってたぞ」

「ほれ、話してみな。言わないと今度は首だけじゃなくて、胸をおしつけるぞ」

 抗議に耳を貸さずに今度は逆セクハラで攻撃すると宣言。

「……見つかった」

 停学の理由を白状する。

「見つかったって何が? それじゃ判らないわよ。主語を言いなさい、主語を」

「俺が屋上に侵入していたことが誰かに見つかった。それで学校にバレた」

 停学の理由をしるとヤスコの顔が一変する。真剣な表情で俺に手を合わせ、それから頭を下げる。

「航、ゴメン。アタシのせいだ」

 いつもとは違う真剣な声で謝罪される。

「どうしてヤスコが謝るんだ?」

 謝られる理由が判らなかった。たしかに一時ヤスコのせいにしてしまおうかとも考えたが実行したのは紛れもなく俺自身だ。

「だってアタシが入学祝に屋上の鍵をあげたのが原因でしょ」

「べつにヤスコのせいじゃないよ。鍵を入学祝でくれたのはたしかにヤスコだけど、使用したのは俺の意思だ。それに見つかったのも俺がへましたせいだろ、多分」

「でも……」

 それでもヤスコは一応責任を感じているみたいだ。

「注意して行動してたつもりなんだけどな。運が悪かったのかな」

 そう、運が悪かっただけだ。俺以外は誰も大きな被害を被っていない。ついていない俺が一週間の停学になっただけだ。

「あっ」

 何かを思い出したかのようにヤスコが突然大声を出す。

「なんだよ、いきなり」

「あの子は?」

「あの子?」

 突然降って涌いて出てきた、あの子、が誰のことなのかさっぱり判らない。

「ほら、あの子、あの彼女よ。何回か紙芝居を観に来てくれた背が高くて可愛い子。アタシ、前にアンタのことを聞かれて彼女に屋上のことを教えたから」

「ああ、藤堂さんのことか」

「そう、その藤堂さん。あの子さ、アンタと話に屋上に行ったの?」

「うん、まあ」

「……それじゃ、もしかして彼女も停学になったの?」

 不安そうな声でヤスコが聞く。俺が停学になったのだから、彼女も停学になったのではと心配しているようだ。

「大丈夫だよ。停学になったのは俺一人だけだから」

「……アンタだけなの?」

 安堵の声という表現がピッタリな音。

「うん。職員室に呼び出されたのは俺一人だけ。藤堂さんは見つかってなかった。それでも散々他に誰か一緒にいなかったかと聞かれたけど隠し通した。俺の責任だからさ、俺一人が罪を被ればいいよ。藤堂さんは巻き込みたくないし」

「えらい」

 大声で言い。ヤスコは俺の背中を平手で強く叩く。ものすごく痛い。なんでそんなに馬鹿力なんだ。

「好きな子を庇って一人だけ停学になる。よっ、男だね、航」

 好きな気持ちは片思い。彼女には多分……。

「べつにそんなんじゃないよ」

 そんなんじゃないと言いつつも、少しだけ照れている自分がいた。

「何照れてんの、可愛いなアンタは」

「照れてなんかないよ」

 反論するがこの段階でもうヤスコの玩具になってしまっていた。

「ところでさ、停学の期間は?」

「一週間」

「それじゃ、アンタは一週間もの間暇なんだ」

 笑いながらヤスコが言う。この笑顔にはあまり良い記憶はない。こんな顔をするときには決まって俺に厄介ごとが舞い込む。

「暇じゃない。山のように課題がでたし、反省文もある。それに毎日担任が様子を見に来るって言ってた」

 机の上の大量のプリントを指差した。これを全て片付けないと一週間の期間が過ぎても復学はできない。そのままお休みが継続されてしまう。

「でもさ、それ以外にはすること無いわよね。外出も禁止されているわよね」

「まあ一応、そうだけど」

「だったら航、アンタ紙芝居を創りなさい」

「……はい?」

 ヤスコの言葉はちゃんと聞こえていた。でも、それを脳内で理解するのに時間がかかった。ようやく意味が判ったが、もしかしたらヤスコは言い間違えたのかもしれない。 

「いい機会だからアンタも自分で紙芝居を創ってみなさい。アタシ達が創ったのを上演してるだけじゃ面白くないでしょ」

 紙芝居は劇団員、と言ってもその大半はヤスコの、の手作り。俺は紙芝居をするだけ。創るという考えは今まで一度も持ったことがない。

「無理」

 即座に拒否をする。俺には絶対紙芝居の創作なんかできない。胸を張って断言できる。

「やる前から諦めていたら何もできない。上手い、面白い紙芝居を創れという無茶な注文を出したわけじゃないんだから。とにかく、書いてみなさい」

「……でも俺……絵を描くのなんて無理だし」

 子供の頃から絵は苦手だった。絵心というものが見事なほどに欠落していた。某国民的猫型ロボットの絵さえまともに描けないのに。中学の美術の時間に聞いた先生の酷評が未だに耳に残っているくらいだ。あの時二度と絵なんか描かないと誓ったんだ。だからこそ高校での選択授業で美術は除外したのに。

 俺の絵が壊滅的に下手なことを知っているヤスコが大笑いする。

 自覚はしているが、そんな風に笑われるとさすがに気分が悪い。

「アンタの絵が壊滅的に下手なのは知ってるから。絵まで一人で描けという無理な注文はしないって。絵はアタシが描くから、航は物語を創りなさい」

 考える。

 あの人も紙芝居を創っていた。多くの作品を残していった。もしかしたらヤスコの言う通り良い機会なのかもしれない。

 世の中、なにがきっかけでどう転ぶのか判らない。

「……わかった。一応書いてみる。……でも下手でも文句言うなよ」

 一応書いてみる。でも、上手くいくような自信なんて皆無。だから、予防線を張った。

「いいわよ別に。それじゃ、航も紙芝居を書くということで決定」


 こうして、俺の紙芝居の制作がヤスコによって無理やり決められてしまった。

 非常に不本意ながらも。


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