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二学期 4


   こう


 いつものように屋上へと行こうとしていた俺を担任が呼び止める。職員室に今すぐに来るようにというお達しを受ける。

 呼び出しを受けるような理由を思いつかない。一応夏休みの課題は全部提出した。授業中の態度だって全然聞いてはいないけど真面目に受けているような演技をしている。

 どうせ、大した理由ではないだろう。そんなことを考えながら暢気に職員室へと向う。

 違った、ものすごく大した理由だった。

 呼び出しの理由は、別館の屋上に無断で侵入している件。

 職員室からすぐに別室へ、生徒指導室へと連行される。イスに座る俺を、担任、学年主任、それから生徒指導の先生、三人が取り囲む。

 生徒指導の先生が俺を強い言葉で責めてくる。それを担任が少しだけ庇う。学年主任は腕組みをして黙って俺を見ている。見事なまでの役割分担。まるで安手の警察コントのようだ。昔、あの人に尋問の仕方を教えてもらったのを思い出す。それと同じことが今、目の前で繰り広げられている。

 本来なら複数の大人に囲まれて萎縮すべき場面なのかもしれないけど、俺はそれどころではなかった。笑いをこらえるのに必死だった。ここで吹き出したりしたら火に油を注ぐには必至。

「あんな場所に一人で何をしていたんだ? 何か悩みがあるのなら先生が相談に乗るぞ」 

 担任がなかなか口を割ろうとしない俺を宥めすかせようと優しい口調で言う。

 俺は何もしゃべらない。口を開けば笑ってしまいそうになるから。

 必死に笑いをこらえる。こらえながら、さっきの担任の言葉で一つ引っかかることが。

 どういう経緯で屋上への無断進入がばれたのか判らない。けど、先生方は俺が屋上に俺が一人で侵入していたと思い込んでいるようだ。

 あそこにはもう一人いた。だけど、もう一人の存在は知られてはいない。

「えっとですね、……俺が屋上に行くようになったのはあそこの鍵を貰ったからです。くれたのは従姉いとこで、ここの卒業生です。最初はそんなものもらっても行く気なんてなかったけど。五月にちょっと私事で嫌なことがあって、教室の中はいつも煩いから静かな場所で一人になりたいと思ったんです。その時、鍵のことを思い出して……それで行くように。その後は一応嫌なことは解決したんですけど、一人でいるのがけっこう居心地が良くてずっと行っていました」

 吹き出しそうになるのがどうにか治まったので俺は自ら悪行の説明を、当の本人は悪いことと思っていないけど、そしてあくまで一人であったことを強調して。藤堂さんも一緒にいたことは絶対に秘密に。

 藤堂さんが屋上に来ることになったのは俺に要因がある。そんな藤堂さんを絶対に被害が及ばないようにしたかった。知られていないのなら死んでも隠し通すつもりだ。

 かっこつけるつもりはないけど、この罰は一人で受ける覚悟。

「その従姉って、もしかして伊藤ヤスコのことか?」

 今迄黙って座っているだけだった学年主任が静かに口を開く。

「はいっ」

 ヤスコはここの卒業生。知っている先生がいてもおかしくはない。

「そうか、やっぱりアイツら屋上の鍵の複製なんか造っていやがったな。あの時なんか変だなって思ってたんだよな。ずっと鍵を借りに来ていた連中がいきなり来なくなったからなー」

 何かを思い出しながら、そして笑いながら学年主任が言う。

「知ってるんですか、ヤスコのこと?」

「知っているもなにも、俺はあの当時の演劇部の顧問だよ。まあ、知識も経験も無いから一応だったけどな。それにな、アイツらが劇団立ち上げたのも知っているし、観に行ったりもした。小さかった君のお芝居も観ているよ」

「……そうですか」

 向うは記憶があるみたいだけど、俺には全く憶えがない。

「それじゃ、もう一度聞くけど。屋上に合鍵で侵入していたことは認めるね?」

「はい」

 神妙に頭を垂れて言う。素直に認める。

「ずっと一人でいた? 他に誰か一緒だったということはないね?」

 隠し事をしていることをまるで見透かされているような気分に。

「……はい……俺一人です」

 虚勢を張って噓をつく。舞台上よりも、紙芝居よりも緊張しながら芝居をする。

「そうか、それじゃ結城の言葉を信じるか。それから鍵だけどな、学校側で一応回収するからな。伊藤からの入学祝みたいだけど、悪く思うなよ」

 別に悪いなんて思わない。ヤスコがこんな鍵なんか寄越すから、こんなことが起きたんだ。

 俺は財布の中から鍵を出し、先生方の前に、机の上に置いた。

 そして、停学一週間の処分を受けることに。


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