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二学期 2


   こう


 藤堂さんが屋上へとやって来た。

 小さな喜びが俺の中に生まれる。俺に対して、いや紙芝居に対して完全に興味がなくなったわけじゃないんだ。もしそうなら、わざわざこんな場所になんか来ないだろう。

 安心が俺の中に生まれる、ホッとした気持ちになる。

 でも、一学期の藤堂さんとは違う。いつもなら来てすぐに俺の横に腰を下ろす、といっても少し距離があったけど、それなのに今日はドアの前で棒立ちに。

 俺を見てまるで固まっているようだ。その顔は青空の下で見ても、やっぱり元気がなさそうな、体調の悪そうな青白さ。

 何か言いたげな表情をしているような気がする。口を動かそうとしているけど、声が出ない。そんな感じだ。もちろんこれは俺の推測にしかすぎないけど。

 話そうとしているのに、話せない……ような。

 ならば、こちらから話しかけてみようか。そう考えるが、何を話すべきなのか。

 真っ先に浮かんだのは花火大会の日のこと。あの時横にいた男は一体誰なのか?

 聞くのが怖い。真実は知らないままのほうが幸せなのかもしれない。

 それならどうして夏休みに観に来てくれなかったのか、聞くべきだろうか? この質問は直球すぎるような気も。もう少しオブラートに包むというか、遠回しに質問するべきだろうか。

 けど、どう聞けばいいのか判らない。

 知りたいけど、聞きたくない、事実を直視したくないような。二律背反のような、振り子のような気持ちが俺の中で行ったり来たりを繰り返している。

 でも、どうしよう。このままの状態でいるのも気まずいような感じが。

 だけど、こんな状態で藤堂さんにどう話しかけるべきなのか。

 一月(ひとつき)以上前にはもっと自然に話ができたような気がしたけど、あれは気のせいだったのだろうか。それとも夏休みという時間のせいで忘れてしまったんだろうか。

 とにかく、何かを言わないといけないと思っているのに、頭の中に言葉が浮かんでこない。

 まるで阿呆みたいに藤堂さんの顔をみつめているだけだった。



   みなと


 結城くんは私の姿を見ても何も話してくれない。

 きっと呆れているんだ。約束も守れなかったのにノコノコと屋上までやって来て、と。

 ジッと私を見ている。絶対に怒っているはずだ。約束したのに観に行けなかったことを謝らないと。それなのに声が出ない。口は動くけど、声が外に出ない。

 外から見ればまるで金魚のように口がパクパク動くだけ。

 これじゃ駄目。声を外に出さないと。そうしないと私の意志は結城くんには伝わらない。

 それなのに……。

 結城くんの目が私を見据えている。早く言わないと、謝罪しないと。それなのに焦れば焦るほど声は喉の奥へと引っ込んでしまう。

 このままじゃ何もしゃべれないままだ。何をしに来たのか分からない。

 逃避からの思考なのか結城くんの方から話しかけてくれないかなと思ってしまう。

 けれど、結城くんは何も話さない、口を開かない、ただ黙って私を見ているだけ。

 後ろめたさを覚えてしまう。このまま帰ってしまいたくなる。

 けれど、それをしたらもう二度と結城くんのする紙芝居は観られない。

 それにちゃんと伝えないと後で絶対に後悔することになる。身をもって経験しているから。

 言わないと。でも、やっぱり声が出ない。

 けど、謝っても結城くんは許してくれるのだろうか? 

 このまま黙ったままでいるかもしれない。それとは反対に罵倒されるかもしれない。

 そう考えると、怖くなってくる。

 全然出てこない声がさらに出にくくなってしまう。

 やっぱり帰ろうか。日を改めて出直そうか。弱気な思考が生まれる。

 それじゃ駄目。前と同じ轍を踏むのは絶対に駄目。入学式のあの日から結城くんに謝罪の言葉を伝えるのにどれだけ無駄な時間を過ごしたことか。

 今、しないと。

 頭がクラクラするような。ただでさえ体調がおもわしくないのに。体中の血液が全部下へと流れ落ちていくような気がする。

 上手く頭が働かない。真っ白になっていくような。

 意識がどんどんと下へと。結城くんを見ていたはずの目も下へと。

 私の目はもう結城くんのことを見ていない。目に映っているのは灰色のコンクリート。

 こんなんじゃ駄目なのに。ここに来た意味がないのに。

 そんなことは分かっているのに、声が出ない、謝れない。結城くんの顔をちゃんと見ることさえできないでいる。

 本当に情けない。子供じゃない。自分の意思ではないけど、大人になってしまったのに。

「いいよ、気にしなくて」

 優しい音が私の耳に届いた。

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