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二学期


   こう


 久し振りに足を踏み入れた教室、そこに藤堂さんの姿はなかった。

 どうしたのだろう? 心配になる。

 普段はろくすっぽ聞かない担任の言葉に傾注。夏休み中に事件もしくは事故に、それから怪我に見舞われていた生徒がいたならば何かしらの報告があるはずかもしれない。

 小学五年の時交通事故に見舞われたクラスメイトがたしかそうだったような記憶が。

 報告は何もなし。その手の言葉は担任の口から出てこなかった。

 ということは、俺の心配は杞憂だったということか。

 きっと休みなのは今日だけだろう。明日にはきっと元気な顔で登校してくるはず。

 夏休みに入る前までは、毎日ずっと屋上へと行っていた。

 藤堂さんと会うために、話をするために。

 けど、来ていないのなら行く必要はない。俺は真っ直ぐ稽古場へと向かうことにした。



   みなと


 一日経ったのに、まだ痛みと違和感が。

 痛みは昨日よりも酷いわけじゃない。むしろ小さく、弱く治まっていた。

 それなのに、動けなかった。ベッドの中から一歩も外に出られなかった。

 しなくちゃいけないこともあるのに。今日から二学期が始まる。学校に行かないと。

 それなのに、起きられない。

 このまま寝ていることに。

 学校を休むことに。



   航


 二学期が始まってから三日目。ようやく藤堂さんの姿が教室に。

 あの日以来ずっと会いたかったけど会えなかった人の姿をようやく見ることが。

 本来ならすごくうれしい気分になるはず。けど、それとは違う気持ちに。

 うれしさよりも心配が勝る。

 この二日間登校してこなかったのはきっと具合が悪かったんだ、夏風邪でも患ってしまったのだろう。そう、考えていた。だから、学校に出てきたということは体調が戻った。そう、考えるべきだろう。

 けど、藤堂さんの顔色はすごく悪い。

 比喩などではなく、俺の目には本当に青白く映った。

 夏休みという暑く日差しの強い季節を過ごしてきたとは到底思えないくらいに。

 室内競技の部活だから日焼けとは縁のない生活だったからなのだろうか? 

 しかし青白く見えるのは顔だけだ。制服から伸びている手足は少し小麦色になっている。

 体調がまだ完全に回復していないだけなのだろうか?

 そう考えるのが自然なはずなのに、なぜか違うような気がした。

 長い休みの間に何かしらの事件かトラブルに巻き込まれてしまったのか。いや、それは勘繰り過ぎだ。

 他の理由は?

 もしかしたら、あの時の男と喧嘩別れでもしたのでは。

 いや、そう考えるのは早計かもしれない。そもそも、あの時見たのは間違いだったという可能性だってまだある。見えたのはほんの一瞬のことだったから。

 けど……。もしかしたら……。

 いくら考えていても全部俺の想像、いや妄想にしかすぎない。

 あれこれ考えていても埒が明かない。いっそのこと直接聞いてみるか。それから、紙芝居に来なかったことも併せて。

 無理だ。周りには彼女の友達が大勢。そんな中を掻い潜って藤堂さんに話しかけに行くような度胸なんて持ち合わせていない。

 頭で考えるだけで行動できない。

 行動できず、席から動かないまま放課後に。

 さあ、どうしよう? 真っ直ぐ家に帰るか、それとも稽古場によっていくか。はたまた藤堂さんが登校してきているのだから屋上に行って彼女を待つべきなのだろうか。

 来ない可能性は大かもしれない。もう紙芝居への興味を失ってしまったのかもしれない。

 それでも、もしかしてということもある。どうせすることもないんだ。

 教室から出て、渡り廊下を渡ることに。



   湊


 ようやく登校することができた。体はまだ痛いけど、これ以上休んでいるわけにはいかない。

 しなくちゃいけないこともある。

 結城くんに謝らないと。約束したのに一度も紙芝居を観に行けなかったことを。

 みんなよりも遅れての二学期だから、仲のいい子達が心配してくれる。

 それは本当にうれしい。けど、今はしないといけないことがあるのに。

 結城くんの背中が見える。謝罪しないと。それなのに行けない。

 行けないままで放課後に。

 部活がある。でも休む。そのことを恵美ちゃんに伝える。体調がまだ元に戻っていないから、と。それは事実。だけど、休む理由はそれじゃない。別にある。

 結城くんに会いに、謝罪するために。

 教室から出て別館の屋上へと向かう。夏休みに入る前までは、この道程はすごく楽しかった。けど、今はすごく脚が重たい。前に戻ったみたい、いやそれ以上に。

 それでも階段を一段一段上っていく。まるで刑を執行される罪人のような心境に。絶対に結城くんは怒っているはず。

 ただでさえ悪い体調が余計に酷く、重たくなっていくような気が。

 階段を全部上がる。後は、ドアを開けるだけ。

 ドアノブに手をかける。手が震えてくる。止まらない。以前の私なら、こんな時にはお守り代わりのクマのマスコットから力を、勇気を貰っていた。けど、あの日のデート以降には持ち歩かなくなっていた。

 どうして持ってこなかったのだろうと後悔する。

 けど、後悔しても、悔やんでも、ないものはしょうがない。

 震えを無理やり抑えるようにもう片方の手を。

 力の入らない体で屋上のドアを開ける。 

 

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