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夏休み 4


   みなと


 結城くんが日曜日以外で紙芝居を上演する日、私は先輩とデートに。

 何かのイベントに私を連れていくのが先輩のプランらしい。

 でも、私はそんなに興味はない。

 興味があるのは結城くんのする紙芝居。今日はどんな紙芝居の上演をして、観ている人を楽しませているんだろう。

 そんなことを考えながら、ちょっと揺れる電車に乗って川を渡り、隣の県へ。

 電車を降りて地下鉄に、そして地下街を歩く。

 外は日差しがきついからこれはすごくありがたい。

 先輩からのお願いで手を繋ぎながら歩く。冷房が効いているけど手のひらには汗が。それが少し気持ち悪い。ちょっとの間だけでもいいから手を離したい。でも、そうすれば先輩の表情が険しくなる、不機嫌になってしまう。

 だから少しだけ我慢する。

 そんな私に救いの音が。バッグに入れてある携帯電話の着信音が。

 一言断って先輩の手を離して電話に。

 すぐに終わってしまう。

「すみません、お待たせして」

「あれ、どうしたの?」

 先輩は私のバッグを指差す。何かおかしな点でもあるのだろうか。

「何がですか?」

「いつも着けているの今日は無いから」

 先輩が何を言っているのか最初分からなかった。けど、ちょっとしてから先輩が何を言っているのか理解した。

 クマのマスコットのことだ。

 ここしばらくの間、私はあのお守り代わりのクマのマスコットをバッグに着けていた。

 先輩とデートしている時も、花火大会の時以外は、一緒にいた。

 けれど、あの大事にしているクマのマスコットは今日はお休みにしてある。出掛けに腕がとれそうになっていることに気付き、外して部屋に置いてきた。あれは大切なものだから、たとえ一部とはいえ失くしたりするのは嫌だから。

 後でちゃんとキレイに治すつもりだ。

 このことを説明すると先輩は再び私の手を握り歩き出す。どこに向かうかわからない私は引っ張られる。人ごみを掻き分けて進んでいく。階段を昇り地下街から出る。

「あの……どこに行くんですか?」

「いいから。着いてからのお楽しみ」

 質問の答えをはぐらかされてしまう。そして先輩の足も止まらない。

 夏の日差しはけっこうキツイ。歩いているだけなのに体力を奪われてしまう。

 行き着いた先は一軒の大きな雑貨屋さんだった。そこで先輩は可愛らしいマスコットを購入した。そして、それを私のバッグに取り着ける。

「これからはさ、あの古いのじゃなくてコレを着けていて欲しいな」

 これはプレゼントだったわけだ。贈り物をしてくれるのはうれしいけど、受け取れない。受け取る理由がないから。

「あの……自分で出しますから」

「いいから。これくらい奢らせてよ。それにさ、これからはそれを俺の分身と思って大切にして欲しいな」

 先輩は言う。

 彼氏からの初めてのプレゼント。普通なら大喜びをするのだろう。けど、私の中にはあまりうれしいという感情がなかった。もう何回も二人で出かけているのに、まだ先輩のことが好きなのかどうかよく分からない。

 それでもこれを無下に送り返すわけにはいかない。せっかく頂いたのだから感謝の言葉を伝えないと。貰って悪い気はしないし。

「……ありがとうございます」


 その後もしばらく歩く。

 お休みだからか、街中でパフォーマンスをしている人がいた。

 結城くんのことを思い出す。

 そんなよそごとを考えていたことが表情に出てしまっていたのか、先輩の表情が曇って、ちょっとだけ怖くなる。

 その顔を見るが嫌だ。

 結城くんのことを、紙芝居のこと考えるのを急いで止める。それから口角を上げて微笑んで先輩を見つめる。こうすれば先輩の機嫌はよくなるから。


 夕方になり少しだけ涼しくなる。大通りから少し離れた公園に入りベンチへ。

 お金の無い高校生だからお金がかかる場所にはおいそれと入れない。休憩するのも必然的にお金のかからない場所になってしまう。

 さっき買ったばかりのペットボトルのジュースがひんやりとして気持ちよかった。しばらくは開けずに、おでこに当てたり、首元を冷やしたりして、冷たさを満喫していた。

「飲まないの?」

 先輩が言う。

「はい、これ気持ちよくて」

 言いながら脇の下にペットボトルを入れようとするけど、慌てて止める。以前、体温を落とすにはここを冷やすのが一番いいと教えてもらったことが。今日の服はノースリーブだから効果抜群かもしれないけど、男の人の前でするのはなんだかはしたないような気がして。

「そうなんだ」

 そう言うと横にあったはずの先輩の顔が私の顔へと近付いてきた。あっ、と思っていると唇に生暖かい感触が。

 コーラの味がした。

 いきなり先輩にキスをされた。

 ……ファーストキスだ。

 そこに思考が至ったとき私は先輩の体を突き飛ばしてしまう。

「ゴメン。急すぎたかな? でもさ、俺たち付き合ってからもう三週間になるし。そろそろいいかなって」

 初めてのお付き合いだからいつそんなことをするのか分からない。このタイミングは先輩の言う通りなのか、それとも早いのか、または遅いのかも全然分からない。

 ただ、急なことでビックリして驚いている自分がいることだけはたしか。

「今度は驚かせないようにするからさ、もう一回」

 そう言って先輩は顔を近付けてくる。

 真剣な顔をしているけど、早くキスをしたいのか唇がちょっと前に突き出ている。

 その顔が少しだけ面白い。思わず笑いそうになってしまうけど、この場面で吹き出してしまうのは。必死で我慢しようとするけど堪えきれない。

 笑わないようにするために私は目を閉じる。見ないようにする。

 唇に生暖かい感触が。さっきよりも強く、長く押し付けられる。

 コーラの味以外に生臭いような感じが。これは二度目でさっきよりも長い時間キスをしているからなのだろうか。それとも目をつむっているせいで感覚が鋭敏になっているからだろうか。

 幼い頃見た結婚式でのキスはとても幸せそうに私の瞳に映っていた。

 それと同じ行為をしているはずなのに私の気持は全然幸せな気分にはなってこない。

 少女マンガで読んだ、ドラマで観たキスシーンはとてもドキドキした。いつか自分もするんだと想像していた。その時にはもっとドキドキするのだと思っていた。

 でも、実際に経験しても、あまりドキドキしない。

 かといって嫌悪感があるわけでもない。

 唇と唇が触れている。自分の身に起きていることのはずなのに、実感がないというか、まるで他人事のようというか。

 とにかく、夢見ていたようなキスではなかった。


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