夏休み 2
航
花火大会のあのことがきっかけで、俺は再び情熱を失い、紙芝居を辞めてしまう……ということはなかった。
あの時の光景は今でも鮮明に憶えている。
もしかしたら藤堂さんの横で一緒に花火を見ていたのは俺だったのかもしれないのに、という後悔のようなものがあったが、けれど演者と観客の関係でいいと望んだのは他ならぬ俺自身だし、第一告白なんかする勇気なんかなかった。
悔しいけど、しょうがないこと。
俺は行動をしなかった。あったかもしれないチャンスを自らの意思で掴まなかった。
ものすごくショックであるのは紛れもない事実だけど、それとこれとは別の話。
あの時花火に、これからも紙芝居を続けると誓った。
それに藤堂さんは夏休みの期間中に紙芝居を観に来てくれると約束してくれた。不甲斐ない紙芝居をして藤堂さんをガッカリさせたくない。
藤堂さんに楽しんでもらいたいのは偽りのない本心だが、今はいない彼女のことよりも、観てくれている人を楽しませないと。
種をまかないと。
そう思いながら上演するけど、時折藤堂さんのことが脳裏をよぎる。
観に来て欲しかったな。
ああでも、まだ夏休みは始まったばかり。今日は来なかったけど、きっと次の日曜日は来てくれるはず。
俺のする紙芝居を観て、楽しんでいってくれるはず。
そんなことを考えながら、舞華さんと一緒に紙芝居の上演を続けた。
紙芝居の上演後、普段はお任せ状態でめったに顔を出さない前田さんが。
何事かと思っていると、
「急なお願いで悪いんだけどさ、お盆期間に臨時で紙芝居の上演をしてくれないかな。今度もヒーローショーを呼ぶんだけど、その時のアクションクラブがまた紙芝居と一緒にしたいと言ってきているんだよね」
追加の紙芝居の依頼が。
そうか、あの時のヒーローショーの人たちがまた来るのか。
今度もちゃんとショーを観ておこう。色々と参考になるし、勉強になることも多いからな。
そんなことを考えている俺の横で舞華さんが、
「私の一存では決められないので、この案件は持って帰って相談した後で、どうするかご報告ということでも構いませんか」
まるでできるエリートサラリーマンのような、エリートサラリーマンがどんな人種なのか具体的には知らないけど、仕草と口調で舞華さんが返答する。
相変わらずかっこいいな。並みの男よりも男前な雰囲気だ。
それはそうと別に今決めてもいいような気がするけど、まあ俺は一応劇団外部の人間。紙芝居はあくまで助っ人だし。
「それじゃ相談して連絡をして。チラシとかの作成もあるからできれば早めがいいんだけど。ああ、そうそうそれと……」
早めの連絡をということで、その日の夜に劇団員三名+俺が集まり、依頼を受けるかどうかの相談を。
といっても流れは、お断りの方向へと進んでいた。
お盆という名の社会人にとっては貴重な夏休み。
あの場では全然話していなかったけど、どうやら舞華さんは最近できたばかりの彼氏との予定がもうすでに組まれていたらしい。
ゆにさんも予定日は近い。
ヤスコも何かしら用事があるようなことを言っている。
「だったらさ、今回も俺一人で上演してもいいけど。せっかく依頼を受けたのに断ったりしたら前田さんに悪いから」
三人の会議をそれまでずっと黙って聞いていたけど口を挟む。
予定の空いている人間がいないなら俺一人で。
一応しないといけない課題はあるけど、基本夏休み期間で暇だし、時間の余裕もあるし。
「はー、航何言ってるのよ」
俺の言葉のどこにそんなに驚く要素があったのか判らないが、ヤスコがいつもよりも若干高めの声を出して言う。
「うん、だから今回も俺一人で上演するって言ったの」
「前回の大失敗を忘れたのー」
「いや忘れてないよ。あの時の経験があるから、今度は上手くとまでいかなくとも、前のような失態は起こさないような自信はあるから。それに前田さんが言っていたけど、前はショーの後の上演だったからあんなことになってしまったって。だから今回はショーの前、前座という形での上演にするって」
あの時のリベンジを行うために再度あの場所での上演を決意した……というわけではない。
実をいうと、これには非常に打算的な、個人的な事情があってのことだった。
夏休みは長いといっても日数にすれば約四十日程度。その中に日曜日は、五ないし六日。屋上で約束をしたものの、藤堂さんがいつ紙芝居を観に来てくれるのか判らない。夏休み期間も部活があってきっと大変だと言っていたし、それに……まあそれはともかく観に来る機会を増やそうというのが俺の狙い。夏休みの間の日曜日が全て部活や他の用事で潰れたとしても、流石にお盆期間くらいは休みになるだろう。
望んだような関係になることはできなかったけど、演者とそのファンという関係をより強くしたい。
「いいの航くん?」
「まあ航がしたいというのなら私は反対しないけどな」
ゆにさんと舞華さんの意見。
「ああもう。夏休みの予定変更よ、私も一緒に行くから」
ヤスコが大声で言う。
「え、別に一人でいいよ。前の時みたいに事前に道具を運び入れてさえすれば、自転車で行けるし」
「前みたいに潰れられたら困るから。最近立ち直ってようやく戦力になってきたし、ゆにもこの先当分出られそうにないのに、また大失敗を起こして凹んで辞めるなんて言われたら迷惑だから。だから今度は私も一緒にするから」
いや、本当に一人でも大丈夫だと思うけどな。
「心配性なんだから」
「うんうん」
「別にコイツのことなんか心配なんかしていないから。人数が減ると大変だから、その対策をするってだけだから」
「素直じゃないな」
「そうそう」
珍しく他の二人からいじられているヤスコを見ながら、一応心の中で感謝をしておく。心配かけていたんだな。だけどそれを絶対に口にはしないけど。
ともかく、これで臨時の紙芝居上演が決定。