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二人の時間 5


   こう


「セックスをしないと……オナニーじゃ駄目だ」

 すっかり忘れていたけど、たしかに言っていたような、いや待てよあの時の俺は未成年にもかかわらずアルコールが入っていたから違うかも……いや絶対に言っていたはず。

 その後言葉の意味もちゃんと教えてもらったから。

 自分だけが気持ち良い芝居をしていては駄目。観ている側を楽しませ、気持ち良くしないと意味がない。

 オナニーは一人だけ気持ちよくなる行為。セックスは相手がいる行為。

 そして先ほどの種まきにも繋がる。

 楽しい、気持ち良い芝居をすることで精子を放出する。その精子は観ている側の中にある卵子と結合して新しい「何か」が産まれるかもしれない。

 あれだけでは訳が判らないはずだから、藤堂さんに説明をしないと。

 …………。

 …………。

 …………。

 …………。

 ああ、俺はなんて言葉を口走ってしまったんだ。

 後悔をするけど後の祭り。

 よりによって好きな子の前で「セックス」だの「オナニー」だの、恥ずかしい単語を臆面もなく言い放ってしまった。

 別の話を思い出しておけばよかったのに、よりによってあんな下ネタまじりに話を。

 ……最悪だ。

 今ので軽蔑されてしまったんじゃないだろうか。

 ヤスコ達くらいの年齢ならば下ネタも笑いながら許容、というかもっとエグイ話を振ってくるけど、同年代の女子には絶対に嫌われてしまうはず。

 ……藤堂さん以外には同年代の異性の知り合いがいないから判らないけど。

 


   湊


 結城くんの口から飛び出した二つの単語に私はビックリした。

 紙芝居の話でまさかそんな言葉が出てくるなんて。

 二つとも一応意味は知っている。

 一つはまだ経験したことがない。何時か、どれくらい先になるか分からないけど多分するとは思うのだけど、今の私には全然想像もできないこと。

 もう一つは恥ずかしながら経験がある。

 敏感な部分に直接触れるのは少し怖いから下着の上から擦って気持ち良くなったことが。

 その時の感覚が私の中に。

 結城くんの前ではしたないとは思いつつも止まらない。

 妄想が頭の中に広がっていく。

 脳内で行為の指が私のものから変化していく。あの時握手した結城くんの大きな手に。

 結城くんに触られたりしたらどんな気分になるのだろう。自分でするのよりも気持ち良くなるのだろうか。

 変なことを考えてしまう。

 いけない。

 こんな妄想を、脳内の暴走を止めないと。

 それなのに止まらない。止まらないどころか加速していくような気が。

 鼓動がどんどんと速くなっていく。体中が急速に熱くなっていく。

 自分でも分かるくらいに顔が熱く、多分結城くんから見たら真っ赤になっているはず。

 ……恥ずかしい。



   航


 思わずリセットボタンに手を伸ばそうとするけど、現実にはそんなものは存在しない。

 何であんなことを言ったんだ。

 どれだけ後悔をしても時間は巻き戻せない。

 藤堂さんの表情を盗み見る。

 耳まで真っ赤に染まっている。

 絶対にこれ軽蔑されるはずだ。 

 早く汚名を挽回しないと。いや、駄目だろ、汚名を挽回したら、それこそ恥の上塗りだ。挽回しないといけないのは名誉だろ。

 沈黙が重たい。

 とにかく何か言わないと。

 そうは思っているのだが言葉が出てこない。頭の中に文字が浮かんでこない。

 頭の中がどんどんと白くなっていく。

 このまま手をこまねいていたら真っ白になっていくのは必定。

 酷い状況に。もしかしたらあの時の紙芝居よりも最悪なことに。

 ……そうだ、まずは謝罪を。あんなことを口走ってしまったことを藤堂さんに謝らないと。

 白くなっていく頭の中で必死に考える。

 考えを実行に移そうとしたのだが、声が出せるような状況、というか状態ではない。いつの間にか口の中が乾ききっているし、喉も何かに締め付けられているような感じが。

 それでも言わないと。

 力を振り絞り声を出そうとする。これは紙芝居じゃないのだから、多少酷い音でも大丈夫なはず。

 なのに声が出ない。

「……ゴメンなさい」

 なんとか謝罪の言葉を絞り出そうとする俺の耳に藤堂さんの声が。

 この気まずい雰囲気の中で俺よりも先に一言しゃべってくれたのは非常にありがたいけど、どうして藤堂さんが謝るの? 謝罪するのは俺の方なのに。

 真っ白になりつつあった脳内に戸惑いが生じる。

「……私がおかしなことを訊いたから」

 いつもよりもか細い、今にも消えそうな、油断をしていると聞き逃してしまいそうな小さな声で藤堂さんが理由を説明してくれる。

 そんなことない。何もおかしなことなんか言っていない。

 藤堂さんが質問してくれたから俺は色んなことを思い出すことができた。

 忘れてしまったわけじゃないけど、記憶の片隅に大事にしすぎて仕舞いこんでしまったあの人のことを、表に出す、思い出すことができた。

 むしろ、感謝したいくらいだ。

「……ありがとう」

 その気持ちが素直に言葉になって外へと。

 本当にありがとう。藤堂さんがいなければ、あの時の言葉がなければ俺は紙芝居を辞めてしまっていた。永遠に紙芝居と縁を切っていた。

 紙芝居をするようになったのはヤスコ達の手伝い。人がいないから助けて欲しいと言われたのはもちろんだけど、それ以上の理由がある。

 その理由は表には出していない。それは俺の中にひっそりと仕舞ってあった。

 あの人が始めたこと。そして続けたこと。それに影響を受けていた。だからこそ、いなくなっても絶対に続けないと、心の中でそう誓っていた。

 なのに、そのことを忘れていた。あのままなら確実に忘れ去ってしまっていた。

 藤堂さんの言葉がなければ紙芝居を辞めてしまっていた。おそらく後で絶対に後悔していたはずだ。

「……ありがとう」

 もう一度お礼を言う。

 外に出たのは声だけじゃなかった。どうしてか判らないけど涙も一緒に流れてしまう。


 人前で泣くなんて。

 それも好きになった子の前で。

 涙を止めようとする。けど、止まらない。意思に反して流れ続ける。量も多くなっていく。

 嗚咽になってしまう。

 駄目だ。止めないと。止まらない。

 歪んだ視界に藤堂さんの姿が映る。さっきまでの真っ赤な色は引っ込み、今度は少し青白くなっているような。

 それもそうだよな。高校生の男子が目の前で泣いていたら、どうすればいいのか判らない。困ってしまうのも当たり前だ。

 藤堂さんが心配そうにジッと見ている。泣き止まないと。

 止まらない。

 このまま泣き顔を見られるのは恥ずかしい。けど、止まらない。

 だから。俺は心配そうにしてくれている藤堂さんに背を向けてしまう。


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