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二人の時間 2


   こう


「それで紙芝居の話って、何を話せばいいのかな?」

 昨日は藤堂さんが屋上に来てからしばらく黙ったままだった。その結果が時間切れ。

 だから今日は俺から話を振ってみることに。藤堂さんはしばらく考える、そして、

「……えっと……どうやったら結城くんみたいに上手に読めるようになるの……かな」

 それは俺と一緒に紙芝居の上演をしてみたいということだろうか。

 だったらそれはすごく嬉しいことだ。

 もっと詳しく訊いてみないと。

「紙芝居を上手く読めるようになりたいの?」

「……ちょっと違うかな……あのね、初めて紙芝居を観た夜に信くんに、あっ、弟に本を読んでとせがまれたの。でも……途中で面白くないって言われちゃって。それでどうやったら結城くんみたいに最後まで楽しんで聞いてもらえるのかなと思って。後それから、現国の朗読も下手だったし。できれば、今度は上手く読みたいなと思って」

 期待とは違った。やっぱり過度な期待は大きく裏切られる運命にあるみたいだ。

 でもまあ、せっかく来てくれたんだ、質問もしてくれたんだ。それにちゃんと応えないと。 

 現国の時間の藤堂さんの朗読を思い起こす。恥ずかしいからなのか、ずっと顔を下に向けたままだった。これでは声を出しても下に落ちてしまう。それに聞こえない箇所も多々あったし。それにもまして致命的なのは自信のなさのせいなのか語尾が見事に消えてしまうこと。訛りもない、鼻濁音びだくおん無性化むせいかもできているのに。

 非常に、もったいない。

 語尾をなんとかすればそれなりに聞ける朗読になるんじゃないのか。だけど、消えるのは語尾だけじゃないからな。

 いやまて、語尾を強くすることを指導したら、そこにばかりに意識がいきすぎてドイツ語みたいな音になってしまうかもしれない。

 もしそうなったら、せっかくの声が活きない。

 いや、それよりも前に向かって声を出すことを指導しないと。ああ、でもその辺りのこと上手く言葉にして俺は伝えられるのだろうか。

 これまでの人生では教えてもらってばかりで、指導する立場になったことなんかないから、どのようにして教えればいいのかさっぱり判らない。

 それでも考える、考える、考える、さらに考える。

「えっと、練習かな。……それと相手にちゃんと伝える意思を持つことかな」

 考えに考えたわりに俺の口から出たのは当たり障りのない平凡な解答になってしまった。

 やっぱりこれは求めていた答えじゃなかったんだ。無言だけど彼女の少し失望したように見える顔が、静かに物語っている。

「そうなんだ、やっぱり日々の練習が大事なんだね。付け焼刃じゃ上手くならないよね。それに気持ちか」

 少しをおいてからの発言。

「でも藤堂さんの声はきれいだから。訛りや癖もないし。語尾が消えることがあるから、それを注意して練習すれば上手くなるよ。それと前を見て声を出すこと」

 練習すれば自信がつくはずだから上手くなると思う。きれいな声がもっと栄えるはず。

「本当?」

 少し顔を赤らめながら藤堂さんが訊く。本当にそう思う。

 だから、大きく肯いた。



   みなと


 結城くんから思わぬお褒めのお言葉を頂いてしまう。

 正直言うと、私は自分の声があまり好きじゃない。結城くんに指摘されたようによく言葉が消えてしまい、聞き返されることも何度か。

 けど、そんな私の声を結城くんは綺麗な声だと言ってくれる。

 妙な照れのような、くすぐったいような感じが。

 けど、もしかしたら何も褒めるようなことがなく、仕方がなく声で濁しただけの可能性も。お世辞を言っているだけなのかもしれない。

 ……確かめないと。

 すると大きく肯いてくれる。

 うれしい。

 声を褒めてもらえた。

 ということは、結城くんが言っていたように毎日練習をすれば、きっと信くんも喜んで聞いてくれるような朗読ができるのかな。

 バドミントンでも基礎が大事と恵美ちゃんが言っていたし。それは日々の練習でも感じていること。

 そんなことを考えているうちにチャイムが。

 聞きたいことはまだまだあるけど、それはまた明日。

 楽しみは後にとっておかないと。


「ねえ、紙芝居はどこで手にいれるの?」

 今日は私から。

 昨日の夜、寝る前にベッドの中で考えた質問を結城くんに。

 結城くんのした紙芝居は知っているお話だった。でも、一緒に上演していた女の人のしていた紙芝居は私の知らない物語。

 それがちょっと気になって。

「うーんと、自分達で創っているはず……多分……」

「す……すごい」

 物語が誰かの手によって生み出されているという認識はある。けど、それは私の知らない誰か。だけど、物語を創っている人が身近、というか結城くんの知り合い、にいるなんて。

 だったらもしかしたら。

「結城くんも書いているの?」

 もしかしてという可能性を声に出して訊ねてみる。

「うんうん、俺は()るだけ。創るのは主にヤスコが」

「ヤスコさんってどんな人なの?」

「俺の従姉。うーんと……藤堂さんに屋上のことを教えた女」

 あの人か。あの人結城くんの従姉のお姉さんだったんだ。

 一つの疑問が解決したところで次の質問を結城くんにぶつけようとした時、またもチャイムの音が。

 ちょっと残念なような気もするけど、でもまた明日。


「ねえ、結城くん……あの……お願いがあるの」

 勇気を出して、思いついたアイデアを結城くんに言ってみることに。

「うん?」

「あのね、携帯電話の番号とアドレスを教えてもらえないかな」

 携帯電話で話せばいいんだ。そうすればお昼休みの短い時間だけじゃなく、もっと長い時間話が聞ける。それに教室から離れた屋上まで移動する必要もない。暑くもないし。

 でも、こんな風に男の子に聞くのは初めての経験。少し恥ずかしい。

「ゴメン、それは無理」

 いきなり拒否されてしまった。絶対に教えてもらえるものだと思っていたのに。

 もしかしたら結城くんには彼女がいて、その子がすごいヤキモチ焼きで、他の女子の番号が携帯電話に入っているのが許せないとか。そんなことを考えてしまう。

「携帯電話持っていないから。必要ないから」

 至極簡単な理由だった。持っていない電話の番号なんか絶対に教えてもらえない。

 けど、意外だ。周りはみんな持っているから絶対に所持していると思っていたのに。必要がない人もいるんだ。

 でも、残念だな。

「どうして俺の番号を知りたかったの?」

 残念がっている私に今度は結城くんが質問を。

「えっと、もうすぐお昼休みがなくなるから、ここで話ができないと思って。それなら番号を聞いて電話で話せないかと……」

 また試験がやって来る。ついこの前終わったばかりだと思っていたのに。

「別に屋上に来ればいいのに」

「ふぇ?」

 変な音が出てしまう。

「まっすぐ家に帰るつもりはないから。ここで時間を潰すつもりだったから……藤堂さんさえよければ、また来て欲しいな」

「いいの?」

「うん、いいよ」

 私の計画は失敗したけど、結城くんからうれしい提案が。

「じゃあ、来るから。紙芝居の話をもっと聞かせてね」

「了解」


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