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拍手と握手 4


   みなと


 屋上のことを教えてくれた女の人。この人の紙芝居も上手だと思う。

 けど、結城くんのする紙芝居のほうが私は好きだ。

 周りの人はみんな紙芝居の上演に目を向けているけど、私の視線は結城くんへ。

 真剣な表情で膝元に置いた紙芝居を見ている。

 次に上演する予定の紙芝居だろうか。前に観た時はたしか三本していたから。この後、再び結城くんの出番があるはずだ。

 もしかしたらあの手元の紙芝居は私が屋上で観たいと望んだ作品だろうか。

 だとしたら、うれしい。すごく楽しみだ。

 紙芝居が終わる。拍手の音が鳴る。結城くんが立ち上がる。台座へと歩いてくる。

 始まる。

 台座の扉が開く。

 結城くんが題名を読み上げる。

『注文の多い料理店』

 あの時、最後までちゃんと観ることができなかった紙芝居。

 そして屋上で結城くんに告げた紙芝居。

 少し怖いお話のはずなのに、結城くんのお芝居もさっきのよりもちょっと落ち着いたものなのに、前回観た時にはお腹の辺りが少し冷えていくように感じたのに、今回はその反対でなんだか温かくなってくるような気が。


 

   こう


 本来なら観てくれている人全員を楽しませるような紙芝居をしないといけないけど、この紙芝居の上演だけはちょっと事情が違う。

 これは一人のためだけに、藤堂さんのためだけの上演と決めていた。

 今度は最初から足の裏に体重を感じられている。不安定じゃない。息もちゃんと、身体中に取り込むことができた。

 さあ、藤堂さんを楽しませないと。いや待てよ、この作品だと怖がらせないとになるのか? まあどっちでもいいか。

 藤堂さんが喜んで観てくれるのなら。

 彼女一人のための上演なんだから、いつものように視線を満遍なく配る必要はない。藤堂さんだけを見て上演すればいい。

 だけど、そんなこと恥ずかしくてできない。

 やったら絶対に赤面し、照れてしまい、上手くいっている紙芝居がグダグダになってしまう自信が。情けない話だけど。

 だから、本来向けなければいけない相手からわざと視線を外して紙芝居を上演。



   湊


 終わった。大きな音で拍手する。

 この後はどうしよう? 結城くんにお礼を言いに行くべきなのだろうが、こんなに多くの人がいる所で話しかけるのは少し恥ずかしいような。

 ベンチに座ったままで考え事をしている私の目に信くんの姿が。さっきまで大人しく私の横に座っていたはずなのに。いつの間にか結城くんの傍まで歩いている。

「あのー……あくしゅしてください」

 信くんは結城くんに握手を求めた。どうしてそんな行動をしたのか、すぐに理由を思いつく。この幼い弟はヒーローショーでヒーローと握手ができることを学んだ。そして楽しい紙芝居をする結城くんはヒーローそのものに映ったのであろう。

 それくらい、結城くんはかっこよく見えたのだ。

 この席からでもハッキリとわかるくらい結城くんが驚いた顔をしている。

 おそらく、こんな経験は今までなかったのだろう。

「ほら、してあげなよ」

 女の人の言葉に促されるように結城くんは身を屈める。目線を信くんに合わせて、照れながら手を差し出して、握手。

 この光景を見ていた子供が次々集まってくる。

 即席の握手会が始まった。

 一番最初に握手を終えた信くんが私のところへと戻って来る。

「おねえちゃんもしよ」

 突然とんでもないことを言い出す。そんなの恥ずかしくて絶対にできない。

「いいよ、私は」

 拒否をする。無理。恥ずかしすぎる。

「しようよ」

 拒否は聞き届けられなかった。お腹の中にいる時から知っているこの弟はけっこう頑固な性格をしている。一度言い出せばきかない。

 強引に引っ張られるように列の最後尾に一緒に並ぶことに。小さな手を振り払うことは簡単だけど、それはしたくなかった。

「はい、あくしゅ」

 信くんが掴んでいる私の手を結城くんの前に出す。結城くんは困惑している。もちろん私も。

 ごめんなさい、こんなことになって。心の中で結城くんに謝罪する。

 恥ずかしいけど握手をしないと解放されない。

 どちらからとなく手を出して握手する。

 結城くんの手は大きかった。身長は私よりも低いけど手は大きい。男の子なんだと思った。それに少しだけ温かい。

 私の心臓が早鐘のようにドキドキしている。その音が結城くんには絶対に聞こえないように必死に隠す。

「……ありがとう……観てくれて」

 照れながらお礼の言葉を言ってくれる。でも、お礼を言わなければいけないのは私のほうなのに。私のわがままを聞いてくれて。

 目が合った。これまでも恥ずかしかったけど、それ以上に恥ずかしくなってくる。

 咄嗟に手を離した。嫌だからじゃない。このままずっと続けていたら、私のこの心臓の音が繋いでいる手を通して結城くんに聞こえてしまうんじゃ。そう思ったから。

「……あの」

 直視できないから、下を向いたままで切り出す。

「……何?」

 結城くんの声もどことなく、いつもよりも少しだけ高いような気が。

「……また屋上行ってもいいかな? もっと紙芝居の話を聞かせてほしいの」

 これからも屋上に行きたい。そして、これまでは全然話せなかったけど、これを機会におしゃべりしたい。

 紙芝居の話が聞きたい。

 私の願いごとを結城くんはまたも快諾してくれた。


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