拍手と握手 2
湊
するとは言ってくれたけど、再び結城くんが紙芝居をするのはもっと先になると思っていた。
それなのにこんなにも早く観られるなんて。
うれしい。
けど、反面ちょっとだけ申し訳ないような気持ちに。
無理強いをしてしまったんじゃないのかと考えてしまう。
結城くんの顔を見る。
その表情は、なんだか少し晴れやかになっているような気がする。
きっと、吹っ切れたんだ。
その顔を見ているとうれしくなってくる。紙芝居が楽しみになってくる。
「……何か観たい作品ある?」
さっきまでとは一転して真剣な顔で結城くんが私に尋ねる。
結城くんのする紙芝居なら、どんな作品でも観たい。
そう言おうとした瞬間、一つの作品が思い浮かんだ。
思い浮かんだ紙芝居の題名を、結城くんにそっと告げた。
航
日曜日、久し振りの紙芝居。
もうすぐ上演時間になる。
それなのに観て欲しいと望んだ人の姿はなし。
どうして藤堂さんはいないんだ? 俺はちゃんと屋上で伝えたよな。
悪い妄想が頭の中に突如浮かんでくる、瞬く間に脳内に蔓延していく。
もしかしたら屋上での一連全てが、藤堂さんの俺に対する壮大な悪戯だったのではないのか、と。
本当は俺のする紙芝居になんか全く興味が無い。落ち込んでいる俺をからかって遊んでいただけ。
いや、そんなはずはない。藤堂さんはそんなことする人じゃないはず。
だったらどうして?
……冷静になって考えてみれば、観に来るとは言っていたけど時間までは言っていなかった。紙芝居は一時二時三時とそれぞれ三十分ずつを三回。
この時間ではなく、別の時間に藤堂さんは観に来てくれるのかもしれない。
気持ちが折れそうになったけど、そう言い聞かせて、なんとか踏みとどまる。
「航、アンタが最初ね」
踏みとどまっている俺の背中にヤスコの声が。
藤堂さんがいないこの状況で紙芝居をしても意味はない。
断ろうとしたけど、それを口にするのは止めた。
そんなことを言っても無駄というのは骨身にしみている。それに俺は「また、紙芝居をしたい」としか言っていない。一人のために、藤堂さんのために紙芝居をまたするということは秘密にしている。
そのことをヤスコに知られたら、絶対に何か言われ、からかわれてしまうのは必至。
気持ちとは裏腹に承諾を。
上演時間が迫る。
目の前のベンチには子供達の姿が。
緊張してきた。稽古場ではちゃんとできたけど、本番、この場所でできるのか。今更ながら不安になってくる。
適度の緊張感は必要だけど、今俺の中にある緊張は限度をはるかに超えたもの。
自分の身体のはずなのに、自分のじゃないような。思い通りに動いてくれないというか。
さっきまでは柔らかかったはずの身体が一瞬で硬直してしまったような。
このままじゃまた失敗をしてしまう。観ている人間が途中で帰ってしまう。
ネガティブな思考に。
そんなマイナス思考は捨て去らないと。まずは呼吸を。ちゃんと息を吸えれば、変な声にならないはず。
できない。
稽古ではできていたのに。また、できなくなっている。
固いはずの床がグニャリとした感触に、足元がふらつくような感じに。
目の前にいるはずの観客が、どんどんと遠ざかっていくように見えてしまう。
このままじゃ絶対にまた失敗を。無様な紙芝居をしてしまう。