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拍手と握手


   みなと


 連日のように屋上へと足を運んでいる私に結城くんが。

 うれしい。

 また結城くんの紙芝居が観られるんだ。

 うれしいことのはず、ほんのちょっと前まではそう思っていたのに、そのうれしさはもう私の中から消えてしまっていた。

 代わりに、苦い感情に。

 そんな気持ちになってしまった理由は結城くんの様子。

 私に紙芝居をすると告げた後で見た結城くんの顔色は、いつも横からチラリと見ている時よりも青白く映った。それによく見てみると、目の下にクマのようなものもできている。

 もしかしたら私は無言のままで、結城くんに紙芝居をすることを強要してしまったのではないのだろうか。

 毎日のように昼休みに屋上に来て、ほとんど何もしゃべらないで、ただ座っているだけ。

 それが無言のプレッシャーになってしまっていたんじゃ。

 そんな意図はないけど、もしそう思われていたのだったら。

 だったら無理に紙芝居をしなくてもいい。

 私が観たいのは、暗い、落ち込んだような表情でする紙芝居ではなく、結城くんが楽しそうに上演する紙芝居。

 伝えないと。言わないと。

 無理にしなくても、と。

 それなのに声が出ない。私は黙ったままで結城くんの顔を見ているだけ。

 結城くんも私の顔をじっと見ている。

 沈黙がしばらく続いた後、結城くんの口が小さく開く。

「……紙芝居はするけど……それが何時になるか判らない」

 やっぱり無理しているんだ。心苦しさが強くなっていく。

「だから……それまで待ってほしい」

「うん」と、大きく肯く。

 いつまでだって待つつもり。結城くんが笑顔で、また楽しい紙芝居を上演してくれるのを。

 いつまでだって待つ。

 結城くん顔色がちょっとだけ良くなったように見えた。

 私の中にあった苦い感情はその顔を見た瞬間消えて、代わりに喜びがあふれそうになった。



   こう


 まだ、何もしていない。考えた末の結論を藤堂さんに伝えただけ。

 それなのに、藤堂さんの笑顔を見ると報われたような気分になった。ずっとこの心地良い気持ちに浸っていたかった。

 だけど、まだ何もしていない。ただ言葉を伝えただけ。

 練習しないと、以前のような紙芝居を上演できるようにしないと。

 あんな無様な上演をしても藤堂さんは喜んでくれないだろう。観て、楽しんでもらえるような紙芝居ができるようにしないと。

 けどまあ、これは不調から抜け出すことができればなんかなるはず。だけど、俺一人では解決できない問題が。

 ショッピングセンターでの紙芝居は、ヤスコが主催する劇団の仕事。俺はあくまで助っ人。

 その立場を首になってしまった。

 あまりにも不甲斐ない、酷いできに必要ないと言われ、二度としないと宣言してしまった。

 そんな人間がおいそれと、簡単に戻ることなんかできないはず。

 藤堂さんの望みを叶えるためには、俺がヤスコに頭を下げ、許しを得ないと。

 不本意だけどヤスコの携帯に電話をかける。出ないで欲しいと内心願うけど、数回のコールで律儀に出やがる。

 あれこれと回りくどいことを言うのが面倒だった。「また、紙芝居をしたい」。この言葉を電話に出たヤスコに単刀直入に告げる。

 断られる可能性は大かもしれない。もう、必要のない人間だから。


 認められた。ただし、条件付きで。

 次の稽古日に、ヤスコ達三人の前で紙芝居を披露し合格すればOK。

 簡単なようで、存外難しい。あの三人が認めるような紙芝居をするのは。

 何で挑もうか、頭の中でシミュレーションしようとする。けど、別のことが頭の中に。 

 藤堂さんが望んだのは俺のする紙芝居を観ること。それなら別にいつものショッピングセンターでする必要はなかったんじゃないのか。道具を準備してあの屋上ですればよかったんじゃ。そうすればヤスコにわざわざ電話なんかする必要はなかったし、こんな課題をだされることもなかった。

 ああでも、そうなるとあの重たい道具を学校に持って行かなくてはいけないことになる。それはそれですごく面倒だ。

 けどまあ、あの三人がお墨付きをくれるのなら、きっと藤堂さんも楽しんで、喜んでみてくれる上演になるはず。

 その為の事前練習と思えば。

 そう思おうとするけど、やはり少し気が重い。

 稽古をしないと。幸いなことに、あの日全てを捨て去ってしまったわけじゃない。

 長年の習慣というか、生活の一部というか、しないと落ち着かないというか。とにかく毎日滑舌、ストレッチ、それから外郎売(ういろううり)は継続して行なっていた。

 けど、それだけで紙芝居を上演できるわけではない。

 まあ、するだけならば十分可能だけど、絶対に合格点はもらえない。

 あの日以降できなくなってしまった感覚と呼吸を取り戻さないと。

 あの人から教えてもらったことを記憶の底から引っ張り出す。

 別の記憶が蘇ってきた。恐怖は身体を固くしてしまう。

 感覚がおかしくなってしまったのは、呼吸法が上手くできなってしまったのは、誰もいない、観てくれる人がいないという恐怖心が、自覚していなかったけど、俺の中にあって、身体を固くしてしまっていたのが原因かもしれない。

 適度な緊張は必要だけど、固すぎるのは駄目、リラックスしないと。

 上手くいかない。

 藤堂さんの顔を思い浮かべてみる。俺のする紙芝居を観てもらい、楽しませたい。

 ……できた。

 ずっとできずに苦しんでいたことが、いとも容易く。

 呼吸も、足の裏の感覚も。

 これは藤堂さんのおかげだろうか。

 ともかく、一歩前進したような晴れやかな気分に。


 久し振りに訪れた稽古場での、久し振りの紙芝居。

 普段は優しい、ただし一人を除く、三人の真剣な目にすごく緊張しながらの上演。

 それでもあの時以降のような無様な酷い紙芝居にはならなかった。

 自己評価ではあるが、満点には程遠いけど、それでも一応は合格点には到達できだという自信があった。 

 が、すぐにそれは勘違いと思い知らされる。

 終わった途端、ヤスコからダメ出しの連発が。

 ああ、これじゃ駄目だ。ゴメン、藤堂さん、上演はまだまだ先になりそうだ。

 ヤスコのきついダメ出しに耐えながら、心の中で藤堂さんに謝罪を。

「まあ、ダメはそれくらいにして」

 このままでは意気消沈してしまいそうな俺に舞華さんの助けが。

「そうそう、ヤっちゃんももっと優しく言わないと」

「これくらい言わないと、この馬鹿には判らないんだから」

「もう、素直じゃないんだから。航くんがまた失敗して落ち込んでしまわないか心配なんでしょ。だからこんなに厳しいこと言ったりして」

「ああ。けど、これなら問題なくできるはず」

「……でも、また不甲斐ない、やる気のない上演をしたら」

「大丈夫だよ、航くんを信じようよ」

「そうだな」

「それじゃこのテストは合格ということで」

「……ちょっと」

「それから、来週は私も舞華ちゃんも出れないから。航くんがんばってね。ヤっちゃんと二人で紙芝居お願いね」 

 意気消沈しかけていた俺を尻目に姦しくなる。

 こうして、俺の紙芝居の復帰が決まった。


 紙芝居の上演が決まったことを屋上で藤堂さんに報告する。

 すると、彼女の顔にはこの前以上の満開の笑みが。



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