秘密の場所 4
湊
もしかしたら邪魔なんじゃないかな、怒っているんじゃ、そんな考えが結城くんの横にいる間に何度も頭をよぎっていた。
けど、結城くんはいてもいいと言ってくれた。
うれしい。それに結城くんから話しかけてくれた。
このチャンスを、キッカケを逃したら。そしたらまた、ずっと黙ったままになってしまう。
スカートのポケットに忍ばせているクマのマスコットを握りしめる、勇気を、言葉を絞り出す。
「あのね、毎日ここに来ていたのは結城くんに訊きたいことがあったの」
言えた。やっと言えた。
だけど、無情にもチャイムの音が。いつものように結城くんは本を仕舞う、屋上から出ようとしている。
せっかくなけなしの勇気を出したのに、これじゃ意味のないものになってしまう。
でも、ようやく話せたのだから明日以降でもきっと大丈夫のはず。嫌われているわけじゃないんだから、いつでも話が聞けるはず。
だけど、本当に明日も話せるのだろうか? また昨日までみたいに何も話さないままの時間を過ごしてしまうんじゃないだろうか。
萎みかけてしまった気持ちにもう一度勇気という名の空気を取り入れようと試みる。またギュッと掴む、さっきよりも強く。消えかけた勇気がまた湧き上がってくるような気が。
この機会を逃したら、また駄目になってしまうような。そんな悪い予感を追い払うために。
喉で止まったままの声を外へと。
「……あのね、結城くんに聞きたいことがあるの。……もう紙芝居はしないって本当なの?」
先を行く結城くんの背中に言葉を投げかける。その声は自分でも情けなくなるくらいの弱くか細い声だった。
言わなくちゃいけないことは他にもある、あの件の謝罪もあるし、お礼も言わなくちゃいけない。
けど、私の中で一番知りたいのはこのこと。あの日、聞いた言葉。それは悲しい内容。だからこそ、ちゃんと結城くん本人に確かめないと。
結城くんの動きが止まった。そして、私の方を向く。その目は怒っているみたいだ。
聞いてはいけないことだったのだろうか。後悔する。けど、絶対に知りたい。だから、こうして毎日のように屋上に、結城くんに会いに行ったのだから。
「……もうしない……要らないと言われたから」
間が少し空いて、それから結城くんの口が動く。
「……えっ」
「だから紙芝居はもうしない。辞めたんだ」
「どうして?」
これ以上の質問はよけいなこと、火に油を注ぐことになるかもしれない。けど、辞めてしまう真意が知りたかった。あんなに楽しくて、面白い紙芝居がもう二度と観られないなんてさみしい。
「面白くないから……つまらないから」
「……面白いよ。……それにあんなに楽しそうにしていたのに」
最初に観た時も、ヒーローショーの後での上演も、あんなに楽しそうにしていたのに、紙芝居を上演していたのに。
「楽しくなんかない。……誰も観てくれないのに」
「観てたよ、大勢。結城くんの紙芝居で人が集まっていた」
「観てないよ。集めてなんかいない」
言いながら興奮してきたのだろうか、結城くんの語気が強くなっていく。
「……いたよ……私、観てたから。あの日、ヒーローショーの後、みんなを笑顔にするような楽しい、面白い紙芝居をしていたのを」
一人で大勢のお客さんを集めて楽しませていた。私もその中の一人だ。
「違う」
「そんなことないよ。私の両親も弟も紙芝居を観ていた。それに面白いって言っていた。あの時大きな拍手もあった。知ってるから」
「……あの時観てたんだ?」
「うん」
力強く肯いた。観ていたことを知られるのは恥ずかしいけど、そんなことを言っている場合じゃない。
「それじゃ二回目の上演は?」
「……二回目?」
二回目の上演があったなんて知らなかった。




