秘密の場所 3
航
俺一人だけの空間に突然の闖入者が。
入ってきたと思ったら、そのままフェンスまで直進。どうやら景色に見とれているらしいけど、その場所は危険だ。下手したら教師に見つかってしまう。
注意をするけど、勘違いをされてしまう。もう一度説明し、理解してもらう。
突然の来訪者は知っている人間だった。
藤堂湊、クラスの人間だ。
彼女は俺の横に腰を下ろす。一体何をしに来たんだ?
疑問を抱いている間にも時間は過ぎて行く。チャイムが校内に鳴り響く。
教室に戻らないと。本当はあんな場所に戻りたくないけど。
「出て、鍵を閉めるから」
藤堂さんが屋上から出たことを確認して俺は鍵をかけた。
湊
次の日もまた私は結城くんのいる屋上へ。
その次の日も。
そのまた次の日も。
けど、未だに何も話せないまま。
ただ黙って結城くんの横で腰を落としているだけ。
本当は、謝らないといけないのに、お礼を言わないといけないのに、それから紙芝居を本当に辞めてしまったのか訊かないといけないのに。
それなのに……。
なのに、いつも結城くんの横で黙って座っているだけ。
航
あれから毎日のように藤堂さんは昼休みの終わり頃になると屋上へとやって来る。
そしていつも俺の横に黙ったままで腰を下ろしているだけ。
謎だ?
一体なんの目的があって、わざわざこんな場所まで来るんだ。
ここから見える景色を気に入ったのだろうか? けど、チラリと盗み見る様子だと、彼女の視線は足元に向けられたままだ。
それならば、俺に用事があるのだろうか?
でも、何も言ってこない、話してこない。
まあ、静かにしてさえすれば別にいい、問題ないけど。
そうは思っても、やはり気になってしまう。
が、それをコチラから聞くことはしない。
依然藤堂さんは黙ったまま。
その横顔をチラリと見ながら疑問に思う。
湊
毎日お昼休みの途中からいなくなってしまう私を不思議に思ったのか、恵美ちゃんに「どこに行ってるの?」と聞かれてしまうけど、私はその返答に困ってしまった。
別校舎の屋上に、結城くんに会いに行っている。
男の子に会いに行っている、実情はちょっと違うけど、こんな返答をしたら要らぬ誤解を与えてしまう。
なら、より明確な説明をすればいいのかもしれないけど、それを行うためには絶対に紙芝居のことを話さなくちゃいけない。
紙芝居のことを話したら、もしかしたら子供っぽいと馬鹿にされてしまうかもしれない。
そんなことはないと思うけど、それが原因でせっかく仲良くなれた子達が離れていってしまうかもしれない。
だから、……言えない。
「ちょっと……用事が……」そんなありきたりな言葉で濁してしまう。
恵美ちゃんは追及してくることはなかった。観察眼の鋭い子だから、何かに気が付いているのかもしれないけど。
それ以降も私は毎日屋上へ。
屋上でいつも文庫本を読んでいる結城くんの横にいるだけ。
なにもせず、なにも言えずに。
よくよく考えてみれば、結城くんにとって私の存在はある意味不気味に思えるのじゃないだろうか。毎日のように屋上へとやって来る。でも、何もしゃべらずに、ただ横で座っているだけ。
私だったら絶対に怖い、不気味と、変な人と思ってしまうかもしれない。
でも、結城くんは私に何も言ってはこない。正確には最初に注意をしただけ、後は私の存在なんかまるで空気みたいに、手にしている本に目を落としている。
言わなくちゃ、謝らなくちゃ、聞かなくちゃ。ここに来ている理由はハッキリしているのに。後一歩がなかなか踏み出せない。
なけなしの勇気はここに来るまでの間に全部使い果たしてしまったみたいだった。
航
藤堂さんが毎日、厳密にいえば土日を挟んでいるから違うけど、屋上に来るようになって早十日。
相変わらず、来るだけ、俺の横にいるだけで、座るだけで、話さない。
まあ静かだから、煩わしい音を出して俺を苦しめるようなことがないからまあいいけど。
それにちょっとだけ本音を言えば、こんな風に女の子が俺の横にいるのは少しだけ幸せな気分になる。
だけど、何故来るのかという疑問が消え去ったわけではない。
「……あの」
このまま一人疑問を懐いていても埒があかない。本人に訊いてみないと。少し緊張するが思い切って声をかけてみる。
「……ふぁい」
俺が話しかけてくるなんて想像していなかったのか、すごくビックリされてしまう。裏返ったおかしな音が藤堂さんの小さな口から漏れ出る。
「この場所のこと、どうやって知ったの?」
訊きたい事はたくさんあるけど、まずはこの場所を、屋上のことをどこで聞いたのかを。
「…えっ、その……女の人に教えてもらって」
「誰? その女の人って」
再び質問する。この秘密の場所を藤堂さんに伝えた相手の正体が知りたい。
「……結城君と一緒に紙芝居をしていた人。前に弟を連れて紙芝居を観に行った時に結城くんがいなかったから。それで聞いたら屋上にいるかもと教えてくれたの」
そうだ、藤堂さんは俺が紙芝居をするのを観ている。たしかあの時一緒だったのは……。
「……ヤスコか」
低くて固くて怖い声。
「ごめんなんさい」
自分でも思ったのだから、他者はもっとそう感じるだろう。案の定藤堂さんを怖がらせてしまう。いきなり謝られてしまう。
「別に藤堂さんに怒っているわけじゃないから」
怒っていない。本当だ。藤堂さんは悪くはない、悪いのはヤスコだ。
「……でも屋上に来るの迷惑だったんじゃ?」
「別に気にしてないから」
「……本当?」
気にしているのか、不安そうな声で聞き返された。
「うん。此処は俺一人の場所じゃないから。誰が来ても文句は言えないよ。それに静かにしててくれて、教師連中に見つからなければ問題無し」
そう、教師や他の生徒の見つかると面倒だけど静かにしてくれている藤堂さん一人なら迷惑じゃない。
「いいの」
暗い顔が一変して明るくなった。顔が近付く。目を逸らしてしまう。キラキラと輝く大きな瞳で見つめられると照れてしまう、赤面してしまう。
「……うん」