結
湊
声が出なくなった、絶句してしまったのは、二人の役が反対だったから、というのはもちろんあるけど、それ以上に大きな理由が。
それは、結城くんがこの台本の不思議な少女を演じる姿を想像してしまったから。
すごく合っているような気が。
普通ならば、高校生の男の子の女装だから、似合わない、変な姿を想像してしまいそうになるはずなのに、私の頭の中でこの台本の少女を演じている結城くんはすごく可憐だ。
白のワンピース姿、そう台本に書いてある、の結城くん。こんなことは本人には絶対に言えないけど、私よりも体格が華奢だし、これは背の高さ以上にウエスト、悔しいけれど絶対に私よりも細いはず。自転車が趣味だからなのだろうか、女子のとは違う引きしまった、これまたもしかしたら私よりも細いかもしれない脚だけれども、それはワンピースの丈を長めにして、膝下までデザインのものにしたらそんなに気にはならないはず。そうだ、デザイン。一口にワンピースといっても色んなデザインがある。この台本には白のワンピースとしか書かれていない、どんな形なのかまでは明記されていない。うーん、やっぱりAラインのものかな、でもフワッとしたデザインのもかわいいと思うし、この少女は活動的だから動きやすいほうがいいかも。パーカータイプにワンピースも良いかもしれない。他には何かあるかな? そうだ、ちょっと大胆なものはどうだろうか。例えば肩を出すとか。キャミソールタイプのワンピースも似合うかも。ああ、でも男の子って細く見えていても意外と肩幅があるからな。結城くんはどうなんだろう? ちょっと盗み見る。服の上からだとちょっと分かり難いな。けど、やっぱり細いな、余計な脂肪なんかとは全然無縁な感じ。ちょっと羨ましいような気もするけど、全くないというのも困りものだ。ある部分にはちょっとついて欲しいし、多分その方が結城くんも喜んでくれるような気がするし。でも、結城くんの好みってどうなのだろう? もしかしたら大きな子がいいのかな? けど、私のは小さいし、それに形もそんなに良くないし。こんなのでも受け入れてくれるかな? というか、私何変なことを考えているんだろう、今はそんなこと、邪なことを妄想している時じゃないのに。それよりも結城くんの女の子の姿を想像しないと。ワンピースは似合いそうだけど、問題が一つある。それは髪の毛。今のままの短い髪型じゃ、絶対に女の子には見えない。どんな髪型が似合うかな? やっぱり定番で黒のロングかな。ああでも、わざとアンバランスさを狙ってわざとショート、ボブにするというのも面白いかも。ああ待った、長い髪でアレンジをするというのも良いかもしれない。編み込んでみるとか、ポニーテールにするとか、うーんポニーにするのならサイドにするのももしかしらいいかも。ああけど、少女なのだから幼さを演出ということでツインテールも悪くないような気が。あ、あと三つ編みもいいかも。そしてそのどれもが結城くんに合いそう気配が。
私の中のいけない妄想が止まらない。
自分も出る。しかも初舞台で、男の子の役だというのに、そんなことは全然気にならないくらいに結城くんのことで頭が一杯になってしまった。
航
藤堂さんではなく俺が不思議な少女の役というのを聞いて少々面喰ったけど、ちょっと冷静に思考してみれば、案外これは妥当な選択なのかもしれない。
というのも、情けない話だけども、俺の身長は藤堂さんよりも低いから。
けど、もろ手を挙げて賛成というわけではない、不安な点も。
だがこれは別に俺が少女役を演ることにではない。
舞台の上でなら、どんな年齢にもなれるし、どんな性別にもなれるし、どんな生き物にだって、いや有機物だけではなく無機物にだってなることができる。
そんな風に教わってきたし、実際に上手い人の舞台を観るとそう感じる。
だからといって、自分が完璧な少女を演じることができるなんて、流石におこがましくて言えないけど、それでもまあ意外と男が女を演じたほうが、より女らしい演技になることがあるのを知っているし。歌舞伎の女形を始めてとして、昔の名女優さんなんかは男が演じる女を参考にして、より強調した女を演じたという話を聞いたことがある。
それに、これが人生初の少女役というわけでもないし、別に嫌でもないし。昔、一度経験したことがあるから、なんとなく大丈夫だろうと思ってしまう。
まあもし、変なことになったのならヤスコが演出でなんとかするはずだろうから。
ともかく、俺の少女役のことは置いておいて、何に不安を感じているのかというと、それは藤堂さんのこと。
初舞台だから、ということではなく、基本二人の掛け合いで物語は進行するけど、場面によっては俺の演じる予定の不思議な少女が一方的にしゃべりまくることも。
つまり、藤堂さんが演じる少年の台詞が少なくなる。
普通の人ならば、台詞が少ないというのは楽なのではと思ってしまうかもしれないけど、存外これが難しいものである。
これがすぐに引っ込む役ならば問題はないのかもしれないけど、ずっと出っ放しの役。
俺も久し振りの舞台だけど、藤堂さんのことが心配になってしまう。
湊
妄想が膨らみ過ぎて、まだヤスコさんが色々と説明してくれているのに、半分以上聞き逃してしまっていたら突然、
「湊ちゃん、ゴメン」
という、ヤスコさんの謝る声が。
謝らないといけないのは私の方なのに。妄想で頭が一杯になって全然説明を聞いていなかったのだから。
だけど、聞き逃したからよく分からないけど、どうしてヤスコさんが私に謝ったりしたんだろう。
「体力アップにために、ちょっと強引にロードバイクに乗せたんだけど……」
ああ、そうか。私が演じるのは、引きこもりの少年。引きこもっている子が日焼けを、健康的な肌をしていたらおかしいもんね。
ということは、せっかく借りたロードバイクも夏の舞台が終わるまでは乗れないということか。
ちょっと残念だな。結城くんと一緒にサイクリングしたかったな。
と、思っていたら、
「日焼け対策を徹底的にしてね。こっちも可能な限りバックアップ、サポートはするから」
乗るな、じゃなくて日焼け対策の話だった。
「……あの……だったら乗らない方がいいんじゃ」
「体力はあればあるだけいいから。航、自転車用の良い日焼け対策グッズはある?」
「俺は日焼けとか全然気にしないから詳しくないけど……ああ、たしかこないだ古河さんと話していた時に言ってたけど、藤堂さんに着てもらう予定のサイクルウェアはUVカットがしっかりしているって」
そういえば自転車屋さんでモデルになるんだった。それって自転車用のあの格好になるのかな、ちょっと恥ずかしいな。
「けど、それだけだとちょっと不安よね。クリームでの対策も考えるか」
「あの………じゃあ、日焼け止めクリームを買って塗るようにします」
まだまだ必要ないかなと思っていたけど、この先ずっと対策として塗っておいたほうがいいのかな。
「お金はこっちで出すから、これは必要経費だから。舞華、何か良いクリーム知っている?」
「まあ、いくつか知ってはいるけど、高かったり、肌に合う合わないとかあるからな。一概にどれが良いとはいえないな」
「それじゃ候補を何点か出しておいて。それと、ゆに、予算は平気?」
「全然公演してないから、ものすごい高価なクリームでなければ大丈夫」
「あ、後は航。アンタもさ、古河さんにお薦めの日焼けクリームがないか聞いておいて。もしかしたら自転車用の良いのがあるかもしれないから」
「了解」
「そんでもって湊ちゃんは、明日からじゃなくて、もう今日からなるべく気を付けて生活してね」
「はい」
去年の今頃は、新しい環境ですごく不安だった。
でも、今年は同じように新しい環境にいるのに楽しみで一杯だ。
どんな高校二年生になるのだろう。
あ、そうだ。二年生になっても結城くんと一緒のクラスになれたらうれしいな。
初めて好きになった男の子と、また同じ教室で学びたいな。
航
去年ヤスコから貰った進学祝いのプレゼントで、それが根本的な原因ではないが確実に一旦は担っているはず、停学という処分を受けてしまった。
今回のプレゼントもまた変なことが起きてしまうんでは、そんなことを思わず想像してしまう。
だけど、それは嫌な予感でない。
藤堂さんと一緒にどんな舞台を作り上げることができるのか。
まあ、二人だけじゃなくて、頼もしい三人のお姉さま方も力が絶対に必要だけど。
これからのことを想像して、楽しみでワクワクしてしまう。
了




