かん
湊
「まあ、突然舞台をするからと言われても戸惑うかもしれないけど、でもあの映像を観て二人で舞台をしても面白いんじゃと感じたの。とりあえず一度台本に目を通してみて」
ヤスコさんに促されて、渡されたばかりに台本に目を。
こういう時は言われたようにさらっと目を通すだけでいいのだろうか? それとも読み込むことはできないかもしれないけど熟読したほうがいいのだろうか?
分からないから、横に座っている結城くんをチラリと見ると、ものすごい勢いでプリントを捲っている。
熟読ではなく、目を通す方を選択。
ゆっくりと読んでいたら、結城くんを、他の人を待たせてしまうから。
あ、面白い。
引きこもりの少年と、その少年にしか見えない不思議な少女の話。
掛け合いがすごく楽しい。
でも、これ私にできるのかな?
少年と少女、二人しかいない登場人物。
必然的に私がこの不思議な少女を演じることになるはずだけど、この子は私とは全然違う、元気で、活動的な、そしてちょっぴり口の悪い子。
不安になりつつも読み進める。
けど、そのうち不安はなくなる。面白さが勝っていく。
でも、一つだけ不満が。
この面白い物語を、できればじっくりと読んで堪能したかったな。
航
目を通しているうちに、気がついた。
俺、前にこれを読んだことがあるような気が……。
……ああ、思い出した。
昔、稽古場に置いてある台本を片っ端から読んでいた時期があったけど、あの人の影響で、その時に見た、読んだんだ。
でも、あれはたしか原稿用紙で手書きだったような記憶が微かに。
「なあ、ヤスコ。これってさ、坂本さんの没になった幻の処女作だろ。あれを公演用に打ち直したの?」
この本で公演を行ったような記憶はない。一応外部の人間だけど、この劇団の作品は全部観て育ってきたんだし。
「違うわよ。最初はさ、私もあの台本をそのまま使おうかなって考えたけど。あの本は登場人物二人だけだから、丁度いいかなって思って。で、改めて読み直してみたら長いの。多分そのまま上演したら二時間くらいになるんじゃないかな。それで連絡して、改変してもいいかって訊いたら、自分で書きなおすって言って、昨日メールでこれが届いたの。もうホント、ビックリしたわよ。あの人いつの間にかワードを使っているのよ」
驚くポイントそこかよ。
それ一本で生計を立てるほどじゃないけど、それでも一応文筆でお足を稼いでるような人なんだから昔のように手書きじゃなくて文明の利器くらい使用するだろ。
「ああ、そうそう。航が舞台に立つのをすごく楽しみにしているって言っていたわよ」
紙芝居は継続するけど、今後舞台に再び立つ気はなかった。
でも、藤堂さんと二人での舞台はちょっと心惹かれるものが。
それに加えて、昔ちょっとお世話になって人から、そんなこと言われてしまうと。
「まあ、俺は別にどっちでもいいけど。藤堂さんは?」
そう、俺一人が承諾しても。藤堂さんが舞台は絶対に嫌だというのならば、俺も反対に回る所存。
「あの、私はしてみたいです。……この少女は私とは全然違う性格で難しそうだけど、挑戦してみたいです」
ちょっと小さいけど、それでも決意の声。
藤堂さんは舞台もしてみたいんだ。
だったら、俺はその手伝いをする。舞台が成功するように力を貸すつもりだ。
「判った。それじゃ今日から、これの稽古も行うから」
「おう」
「はい」
「舞華もゆにもね、久し振りの舞台は新人によるアトリエ公演だけど、二人も裏をお願いね」
「了解」
「もちろん」
「それでこの流れで一つ訂正しておくけどね、湊ちゃん勘違いしているから」
「あの……それはどういう意味ですか?」
藤堂さんの言葉のどこに勘違いしている要素があったんだ。
「湊ちゃんがするのは引きこもりの少年の方、不思議な少女は航がするの」
ヤスコの言葉に思わず固まってしまう。
固まったのは俺だけじゃなかった。
舞華さんやゆにさん、それに藤堂さんまで驚きすぎて固まってしまう。
いつもは賑やかな、というか騒がしすぎる、うるさすぎる稽古場が、ヤスコの一言で一瞬で静寂に。
無音が支配する空間になってしまった。
 




