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プレゼント


   みなと


 今日は朝からずっと、ちょっとだけ憂鬱な気分だった。

 月曜日からずっと続く雨、晴天だったら結城くんと一緒にサイクリングに行く予定だったのに結局行けずじまいで、まあそれも憂鬱な気分になってしまう要因の一つではあるけど、それ以上に私がナーバスとまではいかなくとも滅入っているのには大きな理由が。

 それは日曜日に結城くんと一緒にした紙芝居。

 あの時、危うく大失態を犯してしまいそうなったけど、結城くんのフォローでなんとか事態を切り抜けることができ、最後まで上演できた。

 その後観ていた恵美ちゃんからも「面白かった」と、もしかしたらお世辞かもしれないけど、感想をもらったし、舞華さんからも「まあ、初めてにしてはまあまあかな」というお言葉も頂戴した。

 それに結城くんからも後で「二度目の上演は良かった」と、言ってもらった。

 ここまでなら紙芝居の件で何一つ憂鬱になる要素はないのだが、私がそんな気分になっているのはこの後のことを想像してしまうから。

 今日は稽古の日。

 ここで先日の紙芝居の様子を収めた映像を観ながら反省会を行うことに。

 自分がしていた紙芝居を客観的に観るのは恥ずかしいし、それになによりこれから反省会、ダメ出しを受けるとなるとちょっとだけ怖くなってしまう。

 これは別にヤスコさんや、ゆにさんのことが怖いとかじゃなくて、自分でも上手くないことは十分に分かっているから、多分いろいろ言われてしまんじゃと考えてしまい、それによって変な感じで身構えてしまう。

 これが、私が憂鬱な気分になっている理由だ。



   こう


 少し憂鬱な気分に陥ってしまう。

 これは、せっかくの春休みだというのに、連日の雨模様の天気でフラットバーロードを走らせることができない。もっと言えば、藤堂さんと一緒に走りに行く予定になっていたけど、それが悪天候のせいでご破算になってしまった、ということもあるのだけれども、それ以上に大きなものが。

 それは、今から行われる反省会。

 先日の紙芝居、俺と藤堂さんで一緒にした『モゲタンの冒険』のダメ出しが待っているから。

 ゆにさんはともかく、絶対にヤスコからはダメ出しの嵐を受けるんだろうな。

 多分、初めての紙芝居をした藤堂さんにはそんなにダメは出ないだろう。まずは人前で披露する、観ている側にちゃんと声を届けるという最初の関門はクリアしているはずだし、それにまだ始めたばかりの彼女には多くのことを求めないはず。その代わり、俺には多くの注文をしてくるはずだ。

 アクセント、鼻濁音と無声化、それにエロキューションとかの細かい点から、最大のダメ出しはおそらくあの間について色々と言及されるんだろうな。

 もっと迅速に対応、フォローしろとか。

 あの時は、我ながら咄嗟に対応できたと少々自画自賛していたけど、客観的にみると間が空きすぎてしまったことは紛れもない事実。

 その辺りを重点的に攻められるんだろうな。

 もっと早く気付いて対応しろとか、事前に予測しておいて対策案を用意しておけとか。

 そんな無茶なとは思ってしまうが、ヤスコやあの人なら、それくらいのこと容易にしそうな気がする。

 自分の未熟さ、それからこれから受けるダメ出しのことを想像して、大きな溜息が一つ出そうになった。



   湊


「ゴメン。やっぱり駄目だわ、コレ」

 紙芝居の反省会で、録画した映像を再生してすぐ出たヤスコさんの言葉。

 その言葉はそこで終わらずに続く、

「家で観た時も音声がほとんど聞こえなくて、航の声がかろうじて、湊ちゃんの声に至っては全然。やっぱビデオが寿命なのかしらね」

「まあ、昔から使ってたやつだし」

「どうする?」

 ヤスコさんの言葉に舞華さんとゆにさんが。

 その横、というか奥の大きなモニターには私と結城くんの紙芝居の上演中の映像が再生中。

 大きなモニターで動く自分の姿を観て、恥ずかしくなってしまう。

 そんなに動かずに紙芝居をしていたはずなのに、おかしな動きをしていて、なんだか滑稽に映っている。

 それに比べて結城くんはかっこいい。

 音声はないけど、それでも動き、というか所作というのか、ともかく私みたいなフラフラとしたのじゃなくてキビキビしていて、それでいて止まる場面はきちんと止まっている。

 自分の恥ずかしい姿をなるべく観ないようにしながら、画面の中の結城くんの動きを目で追っていた。



   航


 まあ古いビデオだからな、いいかげん壊れても不思議じゃないけど。

 それにしてもあのビデオ一体何時から使っていたんだ。

 俺の記憶にある限りでは初舞台の時、あれで撮影していたような気がするし、それにそれ以前にも見たような気もする。

 もしかしたら俺が産まれる前とか?

 流石にそれはないかもしれないけど、けど古い、骨董品と呼んでもいいような代物。

 デジタルが主流のこの時代に、よく壊れずに現役でいたものだ。

 物持ちの良さに素直に感心してしまう。

 かんしんといえば、何処でテープを入手しているんだ?

 俺、8ミリのテープが店頭に並んで販売しているのを見たことないな。

 昔から何かと出入りしている劇団だけど、本当に謎だ。 

 そんなことを考えながら音声の出ない映像を眺めていたら、ちょうど藤堂さんが長島さん……だっけの姿を目撃してパニックになった場面。

 古い機材なのに、思いのほか映像はきれいだ。

 戸惑っている様子がよく判る。



   湊


 客観的に見ると、こんなにも私パニックになって固まっていたんだ。

 それくらい映像の中の私は動かない。

 ……と、思っていたら、いつの間にヤスコさんが一時停止をしていたみたい。

「中止。まあ、舞華からの報告で、湊ちゃんは序盤危うい場面があったけどなんとか立ち直ったらしい、それに航もその辺りを上手くフォローしたみたいと聞いたから、一応成功になるのかな。あっ、でも本当にゴメンね、せっかくのデビューだったのにちゃんと記念の映像を残してあげられなくて」

 ヤスコさんに謝られてしまう。

「……いえ、そんな……」

 ずっと先の未来ではもしかしたら心変わりをしているかもしれないけど、今のところは恥ずかしい失敗の映像、音声、が残らなくてホッとしている。できればそのまま消去してほしいぐらい。

 でも、嫌なことばかりじゃない。結城くんと一緒にした紙芝居は、多分ずっと良い思い出として一生残り続けるんだろうな。

「そのお詫びというわけじゃないんだけど、ホントは進級祝いとして用意していたものなんだけど、航と湊ちゃんにプレゼントがあります」

 そう言ってヤスコさんは右端の上をホッチキスで止めたプリントの束を。



   航


 俺達への進級祝いをと言いながら、ヤスコは舞華さんとゆにさんにもプリントを渡している。



   湊


 プリントの一枚目には、

『Homeward Bound

                坂本桃子』

 と、書かれている。

 何だろう?

 捲ってみると、そこには台詞が一杯。

 あ、これお芝居の台本なんだ。

 けど、この最初に書かれている坂本桃子って誰なんだろう?

 もしかしたら三人の内の誰かのペンネームなのだろうか?

 結城くんに小さな声で訊いてみる。



   航


「昔、ちょっとの間だけこの劇団にいて、今は東京で活動している小父さん」

「男の人なの?」

 藤堂さんの驚く声。

 昔から知っているし、このペンネームで台本も書いていたから全然気にしたことはなかったけど、でも明らかに女性名で中身は男と知ると普通は驚くよな。

「うん、ヤスコ達よりも少し上くらいの年齢で、本名は伊藤さん」

「もしかして結城くんの親戚?」

 ああ、ヤスコと同じ苗字だもんな。けど、伊藤という名字はこの県ではそこら中にいる。それこそ石を投げれば当たるくらいに。

「違う違う、関係ない。どっちかというと、ゆにさんとの関係が……」

 一時期ゆにさんと良い感じの雰囲気になっていたんだよな。それを偶然目撃して俺の初恋は終わったんだし。

 昔のことを回想しそうになっている俺の脳内。

 それを大きな音が止める。

 それはヤスコが大きくて手を叩いた音だった。

「そこ、小声でおしゃべりをしない。何か質問があるのなら、大きな声で」

 藤堂さんの声に合わせていたら、ついヒソヒソ話に。



   湊


「ヤスコ、この台本は何? するの?」

 質問の声を出す前に、結城くんが先に訊いてくれた。

「するわよ、モチロン」

「それでいつ公演予定なの?」

「夏」

 夏に舞台か、その頃には私も少しは活動に慣れてお手伝いができるようなっているだろうか。

「それじゃもう一つ。これって俺と藤堂さんの進級祝いだろ、それってどういう意味?」

 そうだった。プレゼントと言って手渡してくれたんだった。

 もしかしたら、これは私達にいろんな経験を積ませるという配慮なのかな。

 そんなことを考えていたら、

「何言っているのよ。これは、アンタと湊ちゃん二人でする芝居だから」

 ヤスコさんの口から衝撃の言葉が。

 そんなの全然聞いていません、初耳です。

 ……一人での紙芝居の上演もまだしていないのに、今度は舞台まで決まってしまった。

 でも、結城くんと一緒にお芝居ができるのは、迷惑をかけてしまうけど、ちょっとうれしいかもしれない。



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