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おまけ 3


   みなと


 こういう体操、というか体の動かし方なんだ。

 脱力するのって口にするのは簡単だけど、実際にするのは難しい。

 それと、そういえば結城くんが屋上で重要なのは下半身だと言っていたことを思い出す。

 演技って、足の裏の感覚と下半身の使い方が大事なんだ。

 だけど、全然できない。

 ゆにさんと、それから結城くんに指導してもらっているけど全然上手くできないまま、感覚を掴めずに四苦八苦しているところに、ヤスコさんと舞華さんが合流。 

 ここで稽古は一旦中断して簡単な自己紹介を。

 ヤスコさんには何回もショッピングセンターでお話をしたから知っている。それから、ゆにさんは車の中で少し会話を、だけど舞華さんのことはあまり知らない。

 紙芝居で何度か見ていて、その時も背の高い、それからカッコイイ人だと思ったけど、こうして直接話してみると思った以上にハンサムな、まるで宝塚の男役みたいな人だ。

 その後の稽古では、声の出し方を教えてもらったり、こういう時は定番の「あめんぼ赤いなあいうえお」とかするとなんとなく思っていたけど、そんなことはしないで外郎売りというものすごく長い文章を。手渡されたプリント用紙も一枚で納まりきらない。こんなにも長くて、言いにくそうなのに、三人、それから結城くんは何も見ないでスラスラと。

 私も途中までだけど、プリントを見ながら声を出すことに。

こんなにも上手な人達の前でするなんて恥ずかしいけど、でもしないと上達しない、それに最初はみんな下手だったんだからと促されて。

 結果、途中で何度もつかえるような酷いありさまだった。けど、鼻濁音(びだくおん)と無声化がきれいにできているというお褒めの言葉をもらえた。

 上手な人達から少しでも認めてもらえるというのはうれしいこと。

 そういえば屋上でも結城くんが同じように褒めてくれたような記憶が。

 うれしさが、ちょっと上がった。

 けど、鼻濁音と無声化って何?


 劇団としての稽古だから、紙芝居の練習はなかったけど、それでも充実した、というかすごく面白かった。

 鼻濁音と無声化の説明もしてもらったし。

 これなら私でも参加できそう。

 稽古終了後、

「部活は辞めちゃったんだよね?」

 と、ヤスコさんに聞かれる。

「はい」

「もったいないな、そのまま続けたほうが良かったのに」

 今後の活動のために辞めたのに、どうして続けたほうが良いと言うのだろう。

「劇団の稽古は基本週一だからね。それに湊ちゃんが今後紙芝居だけじゃなくて演劇にも興味を持ってくれたら、その時は基礎体力があるといいからね」

「そうよね、体力あるとね」

「ゆには苦労した口だからな」

 舞台に立ちたいという欲求は今のところ全然ないけど、それでも三人の話を聞いているとあった方がいいのかなと。

 けど、バドミントン部には戻れない。

 多分、私が願えば復部することは可能かもしれない、それに恵美ちゃんや先輩方、それに他の部の仲間も温かくとまではいかなくとも、それでも迎え入れてくれるはず。

 だけど、それはできない。

 二つのことを同時にこなすような器用さを私は持ち合わせてない。

 どちらかが疎かになってしまい、その後でどちらも駄目になってしまうような未来が想像できてしまう。

 どうしようかな? 

 体力作りのために一人でランニングでもしようかな。……でも、走るのはあんまり好きじゃないけどな。

 そんなことを考えている私の耳に、

「湊ちゃんの家ってあのショッピングセンターの近くだったわよね」

 ゆにさんの声が。

「あっ……はい」

「航。アソコからココまでってどれくらいの距離なの?」



   こう


 ゆにさんの発言に何を感じ取ったのか知らないけど、ヤスコが俺に質問を。

 えーと、たしか……。

「いつも車で使っている国道だと約20㎞くらいかな。他の山越えのコースだと15㎞くらい」

 フラットバーロードのサイコンで測ったから多分間違いないはず。

 ゆにさんとヤスコの意図を理解した。藤堂さんに自転車で通学をしてもらい、体力の維持、向上を図ろうというのだな。

「それくらいか」

「思ったよりも距離あるね」

「けど、自転車なら20㎞くらいなら楽勝で走れるんでしょ」

 慣れた人間で、その上それに適した機材ならばなんら問題ない距離だけど、そうじゃない藤堂さんには多分厳しい距離だと思うぞ。

「……無理です」

 ほら、本人も無理と言っているぞヤスコ。

「それって普通のママチャリだからでしょ。ロードバイクとかだったら案外初心者でも走れる距離なんじゃないかな」

 ロードバイクって。

 もしかしてヤスコ、あのクロモリのロードバイクのことを言っているのか。



   湊


 無理です。

 普段電車で通学しているような距離を自転車で来るなんて。

 そんなの絶対にできません。

 無理と言ったのに、ヤスコさんの言葉が。

 屋上で結城くんにロードバイクの話を聞かせてもらったことがある。その時普通の自転車とは違う、長い距離を速く、そして楽に走らせるための自転車と教えてもらった。

 乗ったことなんかないけど、それでも結城くんの言葉通りだったら、もしかしたらこんな私でも案外平気で通学できるかもしれない。

 ……あれ……でもちょっと待った……楽に走れるんだったら体力作りにはならないような気が。

 けど、屋上で結城くんは自転車って意外とカロリーと体力を消費するということを言っていたような記憶が微かに。

 思い出そうとしている私の耳に結城くんの声が。



   航


「ヤスコ、もしかしてあのクロモリのロードを藤堂さんに使わせるつもりなのか?」

 あのクロモリのロード、俺があの人から貰う予定になっていたけど身長が足りずに保留になっているバイク。

「そうよ、だって航は乗れないでしょ」

 たしかに俺はあのロードに乗ることができない。これは能力が劣っているとかいう話でなく、単純に身長が、脚の長さが足りないからだ。

 藤堂さんならば、もしかしたら、というか多分乗ることが可能だとは思うけど。

 ……けど……。

 複雑な心境になってしまう。

 藤堂さんがあの白色から桜色とグラデーションするクロモリバイクに跨っている図を頭の中で想像する、ついでに少々不謹慎かもしれないけどレーパン姿も。似合いそうだ。俺が乗るよりも遥かに様になっている画が浮かぶ。

 正直有りだとは思うけど……あのロードバイクは本当なら俺が乗るはずだったのにという、ある種の悔しさというか嫉妬のような感情が。

 相反するものが俺の中でない交ぜになってしまう。

「……分かった」

 乗れないままで、ずっと飾りになってしまっているくらいならば藤堂さんに乗ってもらったほうがいいのかもしれない。

 多分、あの人もそう思うはず。



   湊


 結城くんの顔がすごく複雑な表情に。

 あのロードってどういう意味だろう?

 表情から察すると、結城くんにとって大事な、大切なロードバイクみたいだけど。

 そんなのに私は乗れない。

 拒否の声を出す前に、結城くんの了解する声が。

 ……でも、いいのだろうか?

 本当に私なんかがそのロードバイクに乗っても。



   航


「それじゃ……」

 そう独り言のようなことを呟きながらヤスコは自分のカバンの中から携帯電話を取り出して操作を。

 何をするつもりなんだろう? と、思っていると、

「ああ、もしもし古河(こが)ちゃん。あのね、あのロードバイクのことで話があるんだけど今度の土曜日って大丈夫? そう、じゃあ行くから」

 あのロードバイクを預かってくれている、というか看板として展示してくれている古河さん、古河という名字なのにKOGAを扱っていない自転車屋さん、にヤスコが電話を。

 いや、それよりも……。

「何でヤスコが古河さんの番号を知っているんだ?」

 俺はいつも自転車関係でお世話になっているけど、ヤスコがあの店に行くのを一度も見たことないのに。

「まあ一応古い知り合いだし。それにあのロードバイクを預かってもらっていたんだし、他にも経理関係手伝いなんかしたりとか」

 知らなかった、そんなこと。

 それに古河さんもそんなこと全然話してなんかいなかったよな。

 でもまあ考えてみれば、あの人がずっと通っていた店だからヤスコが知っていても別段不思議でもないのか。

「ということで今度の土曜日にロードバイクを見に行くから。湊ちゃん、大丈夫? 予定入ってたりなんかしていない?」

「……はい、大丈夫です」

 ちょっとだけ戸惑っているような藤堂さんの声が。

 まあ、いきなりこんな展開になったら戸惑うような普通。

「ああ、それと航も一緒に来るのよ」

 まあ、それは多分そうなると予想していた。



   湊


 予想してもいない展開になってビックリしてしまったけど、それがうれしさへと変貌する。

 今度の土曜日に結城くんと一緒に出かけられるんだ。

 どんなお店で、そこでどんなことをするのか全く想像できないけど、そこには全然不安なんかない。

 結城くんと一緒にいられる。

 土曜日が来るのがすごく待ち遠しくなってしまう。



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