おまけ 2
航
俺の目の前で藤堂さんが、とんでもない格好を。
左右の脚を横に大きく広げて、まるで俺に大事な部分を見せつけるかのように座っている。
こう表現すると少々睦言のように思えるかもしれないけど、実情は全然違う。
現在行っているのは稽古前のストレッチ。
固い身体では、柔らかく響く音が出にくいためにこうして柔軟を。
ゆにさんはちょっと所用で外しているから、稽古場には今二人だけ。
そんな空間で、目の前にいる好きな人が大きく開脚をしている。
大きく上げ広げられている股間を見て、いやらしい、助平な、邪な妄想が俺の中に。
ジャージと、その下の布の、さらに向う側、つまり本当は観てはいけないけど映像で今まで何度も観たことあるけど、実際には一度も拝んだことのない、見たことのない個所のことを想像してしまう。
見たい。
……けど、それは不可能なこと。
俺と藤堂さんはそんな関係じゃないから。
それにしても見事なまでに開いているな、ほぼ全開、180度に近い開脚、柔らかいな。
邪な意識を俺の中から除去しようと試みる。
妄想がエスカレート。
余計深くなっていってしまう。
男と比べて女性の股関節の可動域は大きい。これは女性の身体が出産という行為を行うため。
そこで思い止まればいいのだが、俺は出産に至る前段階を頭の中で想起してしまう。
……つまり藤堂さんのセックスを妄想してしまう。
藤堂さんには付き合っている嫉妬深い二年生の男がいる。
付き合っているのだから、おそらくもうその彼氏とそういう行為は行っているのだろう。
ちょっと下品な言い方だけど、股を広げて受け入れたのであろう。
嫉妬と後悔が。
あの時行動しておけば、こんな感情を懐かなくてもすんだのに。
していれば、できたかもしれないのに。
妄想が頭の中を駆け巡る。
あのジャージの下には、薄い布地があって、さらにその奥には秘密の、禁断の場所が。
どうなっているのか覗いてみたい。
いや、多分見るだけでは満足しないだろう。出来得るならば、五感全てで味わいつくしたという欲求が。
下半身の一部に血流が。
止めないと。
これ以上妄想を続けていると俺の身体の一部が危ないことに。藤堂さん同様に薄いジャージを着用しているから、股間が目立つことになってしまう。
凝視、とまではいかないけどそれでも見てしまっていた藤堂さんのアソコから視線を外す。
目が合ってしまった。
さっきまで俺の中にあった邪な想いを悟られないように、咄嗟に明後日の方向を見た。
湊
元の部活、バドミントン部で一番経験もなく、それから下手くそな私だったけど、実は身長以外で部内一だったものがある。
それは体の柔らかさ。
昔から、子供の頃から柔らかいほうだったけど、それに加えて屋上で結城くんに声の出し方を教えてもらった時に固い体だと、声も固くなると聞き、部活の時は真面目にストレッチに励んでいた。その結果、こんなにも柔らかくなった。
前屈では手のひらが完全に床にペタッと着くし、今している開脚も180度とまでは流石にいかないけど、それでも大きく開け広げることができる。
正面で同じように開脚しているけどあんまり開いていない結城くんに見せつけるように開く。
あ、結城くんが私を凝視している、こんなも開くんだときっと驚いているんだ。
そう思っていたら突然結城くんの視線が私の顔へと、それもまたすぐに別の方向に。
……あれ?
……もしかしたら……いや、もしかしなくてもこれってすごく恥ずかしいことなんじゃ。
好きな男の子の眼の前でこんなも大きく股を開け広げるなんて。
それも今着ているのは布地の薄いジャージ。
万が一にも透けたりなんかしないとは思うけど、それでもジャージの下のパンツを、さらにはもっと恥ずかしい部分も見られたような気が。
それだけでも十分恥ずかしい気分なのに、寒いからといって最近お手入れをサボり気味だった部分までも全部結城くんにしっかりと見られたような錯覚に。
今更遅いけど、全開だった脚を大急ぎで閉じる。
もしかしたら結城くんにはしたない子と思われてしまったんじゃ。
結城くんの視線はまだ私の方を見ていない。
明後日の方向に。
私も結城くんを見ているのが恥ずかしくなってきてしまう。
稽古場の中がなんだか変な空気に。
航
藤堂さんが慌てて脚を閉じる。
もしかしたら俺の邪な視線に感づいたのだろうか、妄想を気付かれてしまったのだろうか。
そうだったら、最悪だ。せっかくこうやって稽古に参加してくれたのに。これがきっかけで今後もう二度と来ないという可能性もある。
これから一緒に紙芝居ができるというのに。
……そんなのは嫌だ。
だったら、誤解を解かないと。
いや、誤解ではないような。一応、というかそんなことを妄想しながら、藤堂さんの開け広げられた股間を凝視し、いけない妄想をしてしまったのは紛れもない事実。
なんとかしないと。
しかし、なんとかってどうすればいいんだ?
とりあえず、謝罪の言葉か。
でも、謝るというのもなんだか変な感じだし。
藤堂さんから視線を外したままで、天井を見ながら、あれこれと考えてみるけど、全然この状況を打開するような方法が思いつかない。
湊
結城くんの顔が少しだけ紅くなっているような気が。
もしかしたら私のさっきまでの姿を見てちょっとだけ意識してくれたのかな、女子としてみてくれたのかな。もしそうだったら少し恥ずかしいけど、ちょっとだけうれしいような気が。
私は無駄に背が高いから、結城くんよりも身長があるから、好意を向けられる、恋愛の対象にはならない可能性がある。
生まれて初めて好きになった男の子の恋愛の対象から除外されてしまうのは悲しい。
だけど、今の結城くんの様子だったら、もしかしたら芽があるのかも。
もしそうだったら、すごくうれしい。
どうしよう?
確かめようかな?
聞いてみようかな?
だけど、そんなことを訊いたりなんかしたら、今のちょっと変な空気がもっと変になってしまうような気も。
航
「どうー。準備運動はもう終わったかな?」
変な空気が、俺のせいで蔓延している稽古場に三人目の人物が。
所用を済ましたゆにさんが。
もっと早く来てくれてもと一瞬思ってしまうけど、けどまあこれは無いものねだりといか、こちらの都合の話で。
それはともかく、ゆにさんが来てくれたことで変な空気が少しだけ撹拌された。
「……えっと、……柔軟は大体終わったんだけど、その後のはまだ……」
柔軟、ストレッチは俺が指導、まあ指導する必要性がないくらい藤堂さんは柔らかかったけど、できたけどその後にいつもの稽古で行う体操は、やり方は判っているけど、それがどういう効果を演者にもたらすかというところまで、俺はしっかりと把握、というか十全に理解しているわけじゃない、下半身が、足の裏の感覚が大事、大切ということは身体が覚えこんではいるけど、それを他人に上手く、かつ簡単に説明するほどまで身に染みこんでいるわけじゃない。
というわけで、ゆにさん後はお願いします。
あれは身体に触れたりするから、そんなことを藤堂さんにしたら、さっき以上におかしな妄想をしてしまい、もっと変な空気になってしまうから。
湊
稽古場の隣にある、というか車の中でしてもらった説明では敷地内に稽古場を造ったみたいだけど、赤ちゃんにオッパイをあげに行っていたゆにさんがジャージ姿になって。
良かった。
もうちょっと後だったら、結城くんにおかしなことを言っていたかもしれなかったから。
そうなっていたら、あれ以上におかしな、すごく変な空気になってしまっていたはず。
私の想いを結城くんが受け止めてくれるという、ハッピーエンドのようなことになれば問題はないんだけど、多分そうなる可能性は低いはず。
けど、もしそういう関係になれたらうれしいかな。
「それじゃあ、演劇体操をしようか」
脳内で変な妄想が展開中の私の耳にゆにさんの声が。
えっ?
演劇なのに体操?
それってどういうことなの?




