おまけ
航
藤堂さんの告白から数日後の放課後。
俺は藤堂さんと一緒に学校の駐車場で迎えの車を待っていた。
というのも、藤堂さんの紙芝居をしたいという意思をヤスコにも伝え、俺はあくまで助っ人なのだから一存では決めることができない立場だから、今後どうすればいいのかという判断を仰いだ。
その結果が、まずは劇団の稽古に参加してみてはどうか、というものだった。
ということで、本日藤堂さんはヤスコが主宰する劇団『きょうかしょ』の稽古に参加することに。
ならば、駐車場なんかで時間を浪費せずにさっさと稽古場へと向かえばと思われるかもしれないけど、これにはそうもいかない事情が。
学校から稽古場まではちょっとした距離があった。
自転車での移動ならば、それ位の距離は全く問題ないのだが、藤堂さんは電車通学。
つまり自転車がない。
ということは、稽古場までは徒歩での移動になってしまう。
歩くとなると、それなりに時間を有する距離、ついでに疲れてしまう。
そういうわけで迎えの車を待つことに。
迎えに来てくれるのはゆにさん。
学校終わりでまだ明るい時間帯、勤め人であるヤスコや舞華さんが来ることはできない。
その点ゆにさんは子育てで忙しいところ少々申し訳ないのだが、他の二人よりもまだ時間の融通が利く。
それに他にもゆにさんならば、ヤスコと違って安心できることが多々ある。
荒っぽい運転ではなく安全な走行だし、それになによりもこれから未知の世界へと一歩を踏み出すことで少しだけ緊張気味なはずの藤堂さんを和ませてくれるだろう。
ヤスコだったら車内でのべつ幕なしに藤堂さんに話しかけ、それで緊張が緩和すればいいのだろうが、こないだの様子をみる限り絶対にそれはありえない。あの時ショッピングセンターで藤堂さんはヤスコ強い押しにちょっとだけ引き気味だったから。
そして舞華さんだったら、クールな対応になってしまい藤堂さんの緊張が解けないのでは想像してしまう。
というわけで、ゆにさんが迎えに来てくれてるのが正解のはず。
ならば、車が来る前に俺が藤堂さんをリラックスさせて上げられればいいのだろうけど、どういうわけだか俺自身も少し緊張しているというか身構えてしまっているというか。
まあ他にも色々と理由があるのだが、その最たるものはここが学校の敷地内ということ。
二学期の始めに藤堂さんが付き合っているとかいう先輩の嫉妬を買ってしまった。
それが原因というか遠因で俺は停学処分を受けてしまうことに、まあ自業自得であることは否めないけど。
それはまあいいとして、俺が校内で藤堂さんと話している姿を目撃でもされたら、今度はどんなことをされるか判らない。
その火の粉が俺にだけ降りかかるのであればいいのだけれども、藤堂さんに及ぶのは絶対に防ぎたい。
また暗い表情にさせたくない。
だからこそ今日のことも、教室内で簡潔にかつ、素早く伝えたんだし。
まあ今はそれよりも早くゆにさんが迎えに来てくれないか。
藤堂さんと少し距離を空けて、ゆにさんの車の到着を待ちわびていた。
湊
結城くんの態度がなんだか素っ気ないような気が。
昨日も、今日のことの連絡を教室でしてくれた時だって事務的な内容でその上ちょっと早口で告げて、まるで逃げるように私の傍から離れていってしまった。
ショッピングセンターで私も紙芝居をしたいと言った時は、あんなに喜んだ顔をしてくれたのに。
今だってそう。
稽古場が学校から離れているらしいから車で迎えに来てくれることになっているのだけれども、一緒に待っているはずなのに私と少し距離を空けて立っている。
待っている間おしゃべりをしたかったんだけどな。どんなことをするのか訊いておきたかったのにな。
だけど、話しかけるにはちょっと微妙な距離に結城くんはいる。
どうしよう?
傍に近付いて話しかけようかな? それともこのまま待っていたほうがいいのかな?
そんなことを考えているうちに私たちの前に一台の軽自動車が。
「航くん、お待たせー」
軽自動車からショートカットのお姉さんが顔を出して結城くんに話しかける。
この人が迎えに来てくれた人なんだ。
……あれ、この人どこかで見たことあるような気が?
「ありがとうございます、ゆにさん」
「どういたしまして」
私が記憶を遡っている間に、結城くんは軽自動車のお姉さんと話をしていた。
「じゃあ、藤堂さん乗って」
「……はい」
結城くんが軽自動車の助手席のドアを開けてくれている。
私が助手席に乗るの? 後部座席でいいのに。
でも、せっかく結城くんがエスコートしてくれているだからそれを無下に断るのも。
全然知らない人の車の助手席へと乗り込む。
シートに腰を下ろして、バッグを膝の上に。
突如、結城くんの顔が私の前へと。
心臓が爆発しそうに。動悸が激しくなる。
好きな人の顔がこんなにも近くにあるとこんな心臓が速く動くなんて知らなかった。
「それじゃゆにさん、お願いします」
私にではなく、運転席にお姉さんに話しかけるためだったのか。
「うん、了解」
結城くんはそう言うと、静かに助手席のドアを閉め、それから車から離れていく。
あれ、結城くんどこに行くの?
もしかして私一人だけで練習に参加するの? 結城くんは一緒に来てくれないの?
心臓の鼓動がさらに早くなっていく。
だけどこれはさっきのとは原因が違う。もしかしたらこれから一人で行かなくちゃいけいかもと思った瞬間に急に緊張してきたからだ。
待っている間も少しは緊張していたけど、度合いが全然違う。
確かめないと。
確かめる言葉を投げかける前に結城くんの背中は小さくなっていってしまった。
知らない人の助手席はすごく緊張する。
どうして結城くんは一緒に車に乗ってくれなかったんだろう?
それよりも今日の稽古には参加しないのだろうか?
ちょっとだけショックを。
「ゴメンね、私が航くんにちゃんと言っておかなかったから」
運転席のお姉さんが急に。
「……いえ」
「チャイルドシートを降ろしたし、ベビーカーも降ろしたから三人乗っても大丈夫だったのに」
そうか、結城くんは別の方法で、多分自転車で稽古場に向かっているんだ。
良かった。
安心したら、ちょっとだけ緊張が和らいだ。
和らいだと同時に思い出す。ああ、この運転してくれているお姉さん、去年の春お腹の大きかった人だ。
あの時は長い髪だったけど、短くしたんだ。
それよりも……。
「……あの……おめでとうございます」
「え? 何? どうしたの急に?」
「……赤ちゃん産まれたんですよね」
「ありがとうね」
「何か月なんですか?」
「えっとね、生後半年」
「それじゃあもう首も座ってますね、寝返りもうってますよね」
信くんがまだ赤ちゃんだった時のことを思い出す。
「赤ちゃんのことよく知ってるわね。……ああ、そうだった小さく元気な弟がいるんだったよね。憶えているわよ、弟くんが走ってきて航くんのことを聞いたことを」
屋上の件を教えてもらった時のことだ。
憶えられていたんだ。
なんだか意味もなく恥ずかしい気分になってしまい俯いてしまう。
「あ、航くんだ」
運転席のお姉さんの声で下げていた顔を上げる。
見慣れた背中が、視界に。
は……速い。
私の乗っているのと同じようなタイプの自転車なのに軽快に道路の左側を快走している。
自転車ってあんなにも速く走れるんだ。
それに乗っている姿がなんだかすごく楽しそう。
「航くん、藤堂さんが来てくれるからめっちゃ張り切ってるな」
「……そうなんですか?」
背中から感じる雰囲気でそう思うけど、その理由が私とは到底思えない。
私が参加することで張り切ってくれているのなら、教室での態度はなんだったのだろう。
「ホント、航くん携帯をそろそろ持てばいいのに。今日の連絡をするの大変だったんでしょ。詳しいことは聞いていないけど、学校内で話したら駄目とか」
そうだ、私は以前先輩に学校内で結城くんと話すと言われていた。だけど、もうその先輩とのおつきあいは解消した、別れた。だからもう、校内で普通に話をしても平気。けど……結城くんはそのことを知らないんだ。
……言ってなかったから、昨日は、それから今日も駐車場であんなのだったんだ。
そんなことを考えている私の耳に突然クラクションの音が。
結城くんが右手を上げて、そのクラクションに応える。
私の左側に結城くんが。
小さく手を振る。
結城くんがそれに返してくれる。
お姉さんの運転する車は結城くんの横を通り抜けていく、抜き去っていく。
だけど結城くんの乗っている自転車は車に付いて来ている。
本当に速い。
「……あの……結城くんって昔からこんなに速かったんですか?」
「航くんの昔のことを知りたいの? いいわよ、教えちゃう」
それから結城くんの小さい頃の話をちょっとだけど聞かせてもらった。
最初は少しだけ私一人だけを車に乗せたことを恨めしく思ったけど、もうそんなことは思わなくなっていた。




