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想い 5


   みなと


 伝えないといけないのに、いざとなると臆病になってしまう。行動できないでいる。

 行かないと、この私の中に宿った、育ち続けている想いは成就できないのに。

 それなのに、ただ結城くんの背中を見て一人ドキドキしているだけ。

 結城くんの背中は先週よりもさらに小さく見える。もしかしたら、私があの紙芝居を観て傷付いているとまだ思っているのだろうか。

 その誤解も早く解かないと。

 それなのに、行動できない、動けない。決まったら恵美ちゃんに報告すると約束したのに、その約束もいつまで経っても果たせないまま。

 私から行けないのなら、結城くんから話しかけてくれないかな。そんな自分勝手な願いを、想いを、彼の背中に心の中でお願いする。

 けど、そんな独りよがりの想いは叶わない。結城くんは、あの日のように私に所に来てはくれない。

 それどころか、今週はずっと私に背中を向けたままのような気が。

 教室で、校内で話をしなくなった。けど、それでも何度か顔を、目を合わすことはあった。それがパッタリとなくなった。

 もしかしたら、私は結城くんに嫌われてしまったのかもしれない。

 考えてみれば、いや考えなくても、私は結城くんにすごく失礼なことをしてしまった。遅れて行った私のために紙芝居を上演してくれたのに、私は何も言わずに帰ってしまった。その後も教室でいくらでも話す機会があったはずなのに、何も言わずにいた。嫌われた、というよりも愛想をつかされたのほうが合っているかもしれない。

 このままじゃ、この想いを生み出せない。

 流産してしまう。

 そうと分かっているのに、まだ動けないまま。自分の席にただ座っているだけ。これじゃ駄目と分かっているのに。

 自分から話に行かないといけないのに。

 動かないで、時間だけが無為に過ぎて行く。

 動けないままで、日曜日になってしまう。


 日曜日の朝、決意する。今日こそは絶対に結城くんと話すんだ、伝えるんだ。

 教室内で動けない、話せないのは周りにみんがいるから、友達が見ているから、紙芝居の話をするのはちょっと恥ずかしいから。

 だけど、あのショッピングセンターなら知っている人はいないはず。

 朝早くに家を出る。自転車で向かう。

 上演前の忙しい準備の時間に私の勝手な都合で話をするのは迷惑なんじゃないのかとも考えた。けど、それで後回しに、上演終了後まで待っていたら、せっかくの決意が萎んでしまい、できないままになってしまう、そんな風にも思った。

 だから、早くに出る。上演時間まではまだまだ時間があるけど、あの場所で結城くんを待つつもりだ。

 待っている間、ずっと不安が私の中に。

 もしかしたら今週は来ないんじゃないのか、来たとしても話を聞いてくれるかどうか、話を聞いてくれても私の願いを聞き届けてくれるかどうかも分からない。

 断られたらどうしよう?

 そう考えると不安が大きくなっていく。やっぱり言わないでおこうかな。ここまで来たのに弱気になってくる、プレッシャーみたいなものに押しつぶされそうになってしまう。

 やっぱり私には無理だ。あんな風になりたいけど、あんな風には絶対になれない。

 逃げ出したい。ここから一刻も早くいなくなりたい。

 朝の決意があっという間に瓦解していく。代わりに不安が大きく育っていく。

 駄目。

 一緒に持ってきたお守り代わりのクマのマスコットをギュッと強く握りしめる。教室とは反対に勝手に動きそうになる体を無理やりベンチの上から動かないように、逃げ出さないように押し留める。

 ここで帰ってしまったら、多分この先ずっと言えないままのような気がする。

 だから、今日、これから、ちゃんと結城くんに私の想いを伝えないと。


 十二時三十分。上演三十分前。

 待望の待ち人が現れる。結城くんがやって来る。

 ずっと見ていなかった顔を見る。なんだか元気がないような、まだ落ち込んでいるような。

 いつもは背筋を伸ばして前を見ているのに。その視線は足元に落ちている。下を見ながら歩いている。

 行かなくちゃ。

 ついさっきまでは逃げ出さないようにベンチに押し留めていた体。今度は行動、動く番なのに、動かない。私はベンチに座ったまま。

 そのままでずっと結城くんを見ているだけ。お願い、私の方を見て。また心の中で勝手なお願いを結城くんにする。そんなの届かないのに。

 届いた。

 結城くんが顔を上げる。私と目が合う。

 恥ずかしくて、この前は逸らしてしまった。でも、今度は逸らさない。ずっと結城くんの、初めて好きになった人の目を見つめる。

 結城くんの顔が変わる。さっきまでの落ち込んでいたような表情が彼の顔から一瞬で消える。

 まるで満開の花が咲いたような笑顔に。

 嫌われているんじゃなかった、愛想をつかされたわけでもなかった。

 その微笑みに誘われるように私の重たい体がようやく動く。

 吸い寄せられるかのように結城くんの方へと。すごく軽い、まるで浮いているみたい。

 私の中に巣食っていた不安が消えていく。

 今なら、絶対に言えるはず。お守り代わりのクマのマスコットを握りしめ、勇気を出して声を出す。

「……できたの、……結城くんと一緒に育てたいの」

 言えた。けど、これじゃ絶対に意味が分からないはず。もっとちゃんと、正確に伝えないといけないのに、……もう言葉が出てこない。



   こう


 こんな調子じゃ駄目だ。こんなんじゃまた失敗をしてしまう。せっかく観に来てくれたお客さんをガッカリさせてしまう。

 気合を入れないと。

 そうは思っても、なかなか思い通りにはいかない。気合なんか湧いてこない。

 なら、それならばせめて下に落ちている顔くらいは上げよう。

 顔を上げる。視界に藤堂さんの姿が。

 また観に来てくれたんだ、嫌われてしまったわけじゃなかったんだ。

 目が合った。

 そして、逸らさずに俺を見てくれている、見つめてくれている。

 うれしくなってくる。自然と顔が綻んでいく、にやけていくような。

 藤堂さんがベンチを立つ、俺の方へと歩み寄ってきてくれる。俺まで後数十センチ程まで近付いてくる。

「……できたの、……結城くんと一緒に育てたいの」

 藤堂さんが言う。その声は少し震えて小さい声だった。けど、俺にはちゃんと聞こえた。

 ……まるで妊娠の報告のようだ。

 普通の高校生男子ならば、女の子からできたという報告を聞いて尻込みをするかもしれないけど、俺は素直にうれしかった。

 紙芝居でセックスをする。その目的が達せられたと実感する。楽しませる、悦ばせることができれば十分に成功だけど、それ以上のことが、彼女の中に何かを生み出せることができたんだ。

 その何かを俺と一緒に育てたいと言ってくれる。その申し出を断るつもりなんかない。喜んで受けるつもりだ。

 けど、それは一体何だろう?



   湊


「うん、一緒に……でも、何をしたいの?」

 突然の、しかも言葉足らずな意味不明な申し出だったのに結城くんは快く承諾してくる。

 けど、やっぱり聞かれてしまう。あれだけでは私が何をしたいのか理解できるはずない。

「……あっ、……あのね……」

 さっきまで言葉が全然出てこなかったのに、今は出てくる。

 これも絶対に結城くんのおかげだ。彼が私の想いを受け止めてくれたからだ。

 この人と一緒にいたい。その隣で紙芝居をしてみたい。

「私も紙芝居がしたいの」

 言えた。

「……本当に?」

「うん」

 信じられないような顔をして結城くんが私の意志を確認する。でも、私の決意は変わらない。

 さっきまでも笑顔だったけど、結城くんの顔はもっと素敵な顔になる。

 受け入れてもらえるんだ。

 うれしい。

 これからは一緒にいることが、紙芝居を上演することができるんだ。

「多分、すごく下手くそで、足を引っ張ってしまうかもしれないけど、これからよろしくお願いします」

 本当はもう一つ伝えたい、言いたいことがあるけど。それは今のところ私の中に留めておく。今はまず紙芝居のこと。

 もっと結城くんと仲良くなってから、この想いを彼に告げよう。

 もう少しの間、この自覚したばかりの、まるで宝石のようなキラキラとしたこれまでの人生で経験したことのないちょっと変な、それでいて不思議な、でもすごく素敵な感情を一人で楽しんでいよう。

 生まれて初めて好きになった男の子の顔を見ながら、そう思った。

 

                               了


昭和文化の紙芝居を

平成を舞台に繰り広げたこの小説

令和に入ってからも、もう少しだけ続きます。

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