想い 4
湊
大事な用事、それはお墓参り。
お母さんの、本当のお母さんの命日には必ず墓前で手を合わせている。
お墓は以前住んでいた場所に。つまり、東京にある。さすがに日帰りというわけにはいかない。だから、今年は命日からちょっとズレるけど、一番近い土曜日に出発して、日曜日の夜に帰ってくるということになった。
親戚の家で一泊。
「ねえ、湊ちゃんまた本をよんでー」
小さな従妹が本を持ってきて言う。お正月にも読んであげた、屋上での結城くんの指導を思い出しながら。それが結構好評だったみたい。
従妹二人、それから信くん。三人に本を読んであげる。
「もっとよんでー」
一冊読み終えた後で、次から次へと本を持ってくる。
一年前は読んであげていても途中で飽きていたのが大違いに。
こんなに喜んで、真剣に聞いてくれていると、うれしくなってくる。もっと読んであげたくなってくる。
もしかして、結城くんもこんな気持ちで紙芝居の上演をしているのかな。
そんなことを考えながら次の本を読んであげる。いつの間にか小さい子達以外の親戚も。
もっとうれしく、楽しくなってくる。もっと聞いてほしい気分になってくる。
このうれしい気持ちを一人占めにはしたくない。誰かと分かち合いたい。
その誰かは、もう決まっている。
結城くんだ。
彼と一緒に紙芝居をしてみたい。下手くそで、足を引っ張ってしまうかもしれないけど、あの場所でこんな風に観てくれる子を喜ばせたい。
そんな気持ちが突然私の中に芽生える。
芽生えるという表現よりも、宿る、身ごもるという言葉のほうが合っているかもしれない。
だって、私は結城くんのしてくれたセックスで、こんな想いを抱いたんだから。
この気持ちは消えなかった。流産することはなかった。
絶対に言わないと、結城くんに伝えないと。
新しい一歩を踏み出す前にやるべきこと、すべきことがあった。
それはもしかしたら別に行わなくてもいいのかもしれない。
いや、駄目だ。しないときっと前に進めないはず。
結城くんに私の想いを伝える前に、それを先にしなくては。
まずは先輩との関係を終わらせないと。
別れないと。
自分の気持ちに気が付いた。そして、これからしたいことにも弊害がある。
だから、思い切って別れ話を切り出すつもりでいた。
元々は先輩からの突然の告白で、戸惑ってしまった私は断ることができずにそのまま付き合うことになってしまった。初恋もまだしたことないのに、好きという気持ちがよく分からないままで。先輩とはデートをした、キスもした、襲われて初体験をした、一度だけではなく何度となくセックスをした、抱かれた。けど、結局先輩のことを好きなのかどうか分からないままだった。
先輩とのセックスは苦痛だった。それ以外は優しい人だったけど。行為の間は嫌な人だった。
いきなり別れを切り出したら怒られるだろうか?
もしかしたら、ものすごい怒りを私にぶつけてくるかもしれない。
そう考えると怖くなってくる。
怖くなるけど、弱気な気分になってくるけど、それで諦めてしまうという選択肢はない。
母は強しという言葉がある。実際に妊娠なんかしていないけど、今私の中ですくすくと育っている想いがある。だから、私は今強くなっている。いつもなら尻込みしてしまうことでもきっとできるはず。
けど、やっぱり直接話すのはちょっとだけ、すごく怖い。
携帯電話を取り出し先輩にかける。その指先は少し震えていた。
数度のコールの後で先輩に繋がる、出てくれる。
怒鳴られることを覚悟しながら指同様に震える声で自分の気持ちを先輩に伝えた。
結果は、案ずるより産むが易し、だった。すんなりと私の願いは受け入れられた、無事別れることができた。
正直拍子抜けだった。こんなんだったらもっと前に切り出しておけばよかった。
後で分かったことだけど、このとき先輩には別の彼女がいたらしい。年明けからその人とそういう関係になっていたらしい。
つまり私は浮気をされていた、知らぬ間に二股をかけられていたわけだ。
普通の女の子だったら、彼氏を取られたという悔しい感情が生まれるのかもしれないけど、私は見知らぬ先輩の新しい彼女に心の中で感謝をした。その人がいなかったら、もしかしたら酷いことになっていたかもしれない。
とにかく一つの区切りはついた。
でも、すべきことはもう一つある。
「……あのね……大事な話があるの」
話さないといけないとは思いつつ、なかなか切り出せないでいた。
でも、ちゃんと言わないと。このままズルズルと引っ張っていたら、したいことができないまま。
朝の電車、まだあまり乗客のいない車内で私は恵美ちゃんに。
「何?」
いつも通りの元気な声が返ってくる。
「……部活辞めようと思うんだ」
短い言葉なのに言うのにすごく時間がかかったような気が。私の言葉を聞いて恵美ちゃんの表情が一変する。少し険しいものに。
「……何で?」
「……他にしたいことができたから」
もしかしたら恵美ちゃんに嫌われてしまうかもしれない。目をかけてもらっているのに、期待をされているのに、それを全部捨てて自分勝手に辞めてしまうのだから。
でも、したいことができた。やりたいことができた。
私の中で日毎に大きく育っていくこの気持ちを消し去って、流してしまうことはできない。
我侭のせいで、もうこれから友達ではなくなるかもしれない。
一人でいた私に声をかけてくれた。バドミントンを一緒にしないかと誘ってくれた。そんな大切な、大事な友人を失ってしまうかもしれない。
それでも私は……。
「そっか」
険しい表情が消える。いつもの恵美ちゃんに。
「残念だけどさ、別にしたいことができたんなら仕方がないよね」
「……怒らないの」
「何で?」
「……ううん、別に」
「それでさ、したいことって何なの?」
「まだ、内緒。ちゃんと決まったら恵美ちゃんには絶対に報告するから」
お腹に軽く手を触れながら言う。
「絶対だよ、約束だからね」
二人で顔を見合わせる。目が合う。すると、自然に笑みがこぼれた。
航
まだ藤堂さんの顔が怖くて見れない。
日曜日に、もしかして来てくれて、そして紙芝居の感想でも聞かせてもらえるかもしれない。そんな淡い希望は見事なまでに打ち砕かれてしまった。
やはり、目を逸らされたのは、あの紙芝居で傷付けてしまったから、レイプになってしまったからだ。
嘆息、溜め息が勝手に出てしまう。
それから本当に何度目か判らないくらいの後悔をする。
傷付けてしまったのなら、謝罪すべきだろうか。
こんなことを後悔の合間に考える。が、そんな行動できない。
できないままで、あっという間に一週間が過ぎてしまう。