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19歳ニート、山形で農業はじめました!  作者: 羽火
第一章 農家の日常は大体こんな感じ
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7. 初めての農家クッキング

 午後五時。イッツァ クッキングターイム!


 赤根家に戻ってきた俺は、気合十分で台所に土俵入りした。食事当番としては、ここで料理の腕を披露して皆さんから一目置かれたい。

  俺は腕まくりし、『商品にならない野菜置き場』から持ってきた大量の玉ねぎの皮をむき、みじん切りにした。すべてゴルフボールくらいの大きさしかないので、まな板の上をころころ転がって大変だ。


「なんでこの玉ねぎ、こんなに小さいんだろ……」

「お答えしよう! 玉ねぎはいわゆる『肥料食い』の野菜で、肥料をどっかんどっかんやらないと大きく育たないんだ。うちの野菜は全部減農薬で育ててるから、玉ねぎも小さいやつしか採れないってわけさ! 同じ理由で、かぼちゃも毎年こまいのしかできない」

「赤根さん、見てないで仕事してくださいよ……」


 なぜか赤根さんが、台所の入り口から楽しそうに俺の料理風景を観察していた。

 誰かに注目されながら作業するのは苦手すぎる。「けして扉を開けないで下さい」と入口に注意書きして台所に引きこもりたい気分なのに、なんなんだこの人は。


「いや、ちょっと調味料の場所とか教えてあげようかと思ってさ。あ、ちなみにここにある調理器具、全部九条の私物だから傷とか汚れとか付けないようにね。あいつそういうのにすげーうるさいから。その包丁もドイツ製で三万するんだって。いや、十三万だったかな。どっちでもいいや」


 適当な情報をばらまきながらうろうろする赤根さんを尻目に、ハンバーグのタネをこねる。フライパンで蒸し焼きにしている間に、付け合せのキャベツをざく切りにした。

 うちの母さんは千切りキャベツが好きだったけど、俺は火を通して温野菜にした方が好きだ。ってことで、三分ほどレンチン。


 三分後、しんなりとしてかさの減ったキャベツを一つまみ試食した俺は、予想外の味に両目を見開いた。


「うわ、あまい」


 なんだこれ。味付けしてないのにすげぇ美味い。今までのキャベツ観が引っくり返る、衝撃の出会いだ。 興奮のあまり「スイートッ!」と叫ぶと、赤根さんがますますご機嫌になった。


「どうだ、美味いだろ。キャベツの糖度は芯で分かるから、芯の部分も食べてごらん」


 勧めに従って、白っぽい芯も口にしてみる。普通キャベツの芯って独特の泥臭さがあって美味しくないイメージだったが、このキャベツは芯まで甘かった。ただものではない。

 静かに目を見張って感動する俺に、赤根さんが自慢げに予備情報を追加してきた。


「うちのキャベツは『スイートキャベツ』っていう品種なんだ。生でも柔らかくて甘い。どんな料理に入れてもワンランク上の味になるのがウリでね。雪の下で保存するともーっと美味くなるから、冬を楽しみにしててね」


 こ、これがもっと美味くなるとは……農家の台所、侮りがたし!

 野菜が美味いと得した気分になる。ふつふつとテンションが上がってきた俺は、他の野菜の味も確かめてみることにした。

 大根、赤かぶ、紫大根をいちょう形にスライスし、塩もみしてしんなりさせる。水気を切ったところにマヨネーズ・すりごま・ポン酢をテキトーにぱっぱとくわえ、根菜サラダをこしらえた。


「……ん! これも美味いですよ!」


 味見してみた俺は、再び野菜の味におそれいった。

 生大根のみずみずしい食感、舌にやさしい甘み。ごまのまろやかさとポン酢のひきしめ感がいい仕事をしている。やはり美味しい野菜には美味しいドレッシングが必須だなあ。白と赤と紫の三色がきれいな、女性に好まれそうな冬むけのサラダだ。


「天見くん、そんなに気合入れてハイカラな料理つくらなくてもいいんだよ。どーせここにいるやつ男だけだし」

「そういうこと言ったらだめですよ! 野菜を買う人なんてほとんど女性なんですから、俺たち農家も女性ウケをねらっていくべきだと思うんです!」


 やる気のない赤根さんに反発して、俺は料理の写真をスマホで撮っておいた。ついでに後ろをふり返って、けだるげな赤根さんの姿も撮った。


「……なんでおれも撮るの?」

「いや、だって、生産者の写真もいるかと思って」

「やだー、はずかしい。別におれが一人で作ってるわけじゃないんだからさ、全員の写真にしといてくれよ」


 赤根さんとだべりつつ、俺はちゃっちゃと残りの料理を完成させていった。

 自信作の肉汁たっぷりハンバーグwithキャベツに、根菜サラダとイカ焼き。大根と白菜の味噌汁と、五合の炊き立てご飯。これだけあれば充分だろ。食器や食材を探すのに手間取ったが、まあ俺にしては上々の出来だ。


「できたっ! 今日の仕事完!」

「完じゃない。まだ終わってないぞ天見くん。君はこれからスーパー用にネギの袋詰めをするんだ。その次は里芋。それが終わったらさつまいも――」

「くそっ、終わりがないのが終わり、それが袋詰め・エクスペリエンス・レクイエム……!」


 台所から飛び出した俺は赤根さんにとっつかまり、終わりの見えない袋詰め・デススパイラルに囚われたのであった。本当に袋詰め大好きだなこの農家は!


「っていうか、野菜の種類多すぎませんか? 最近の農家って、どこでもこんなに多品目栽培してるんですか?」


 もう少し品目を限定すれば色々と楽なはずなのに。野菜の種類が多いとそれだけ栽培管理が大変だろう。食らいつくように尋ねる俺に、赤根さんはうーんと首をひねった。


「どうだろう。一般的な複合経営の農家だったら平均は五品目、多く育てて五十品目くらいじゃないかな。うちの場合は大体二百種類くらいの野菜を栽培してるよ。広く浅くって感じで」

「二百!?」


 その数に驚愕。二百種類の野菜を育ててるってどういうことだ? 

 曲がりなりにも農業高校OBである俺にも、そんな膨大な数の野菜名を挙げることは出来ない。もし赤根さんと野菜がお題の古今東西ゲームをしたら、どう考えても負け確定だ。


「例えば、うちで育ててるマイナーな野菜の名前を教えてあげようか。カーボロネロ、サボイキャベツ、コールラビ、タイニーシュシュ、オレンジ白菜紫白菜、パープルカリフラワー、紫小松菜紫水菜、金美人参紫人参、赤大根黒大根青大根、金時草スイスチャード四角豆。黄色いんげん黒いんげん、ロッサビアンコ、パープルクララ、白なす青なす翡翠なす――」

「も、もういいです。変わった野菜ばかり育ててるんですね」

「他と違うことをしなきゃ、商売が成り立たないだろ。人と同じことなんて誰でもできる。どかーんと個性を出して変わったことをやるから、人が集まってくるんだ」


 指を折ってすらすらと珍野菜の名を挙げていた赤根さんは、最終的には両手を広げて力強く言い切った。「人と違うことをする」。「個性を出す」。何より協調性を重んじる日本人には難しいことだけど、言っていることはもっともだ。


 教科書通りに作ったありふれたキャベツを、他の農家と同じ時期に出荷しても安く買い叩かれるだけだろう。オンリーワンの何かを足して差別化しなければ。何だかすごくいいことを教わったような気がして、胸にずしっと来た。それと同時に、今日スーパーで那須くんに声をかけてきたお客さんの言葉が思い起こされた。


『初めて見る野菜だから、なんか興味引かれちゃって』


 未知の野菜を前に好奇心で輝くお客さんの瞳。那須くんの説明に聞き入り、わくわくした顔で野菜を買い物かごに入れていた。

 あのときじわーっと胸に広がって行った不思議な感覚が、世にいう『やりがい』ってやつなのかな。俺は何もしていなかったけど。


「赤根さんの理想というか、この農園の方針がよく分りました……『個性』ってやつでお客さんをこう、つかむんですね」


 がしっと手でつかむジェスチャーをすると、気持ちが通じたことが分かったのか赤根さんがぱあっと笑顔になった。年上のくせして、まるで子どもみたいにころころ表情が変わる人だ。


「そうそうそう。ぐわっと鷲掴むんだよ! 分かってきたじゃん。これからもよろしく頼むよ、若手のホープ!」


 俺は「あんただって十分若手じゃん」と心の中で突っ込みつつ、赤根さんからの熱烈なシェイクハンドを受け入れた。

 なんか……楽しくなってきたかも、農業。うおー、やったるぞー!


「あ、そうだ。君明日お休みね」

「え? えええ何で?! せっかくやる気もりもり湧いてきたのに!?」


 急に俺の手を離す赤根さんに、早すぎないですかと猛抗議する。なまけ者の俺がここまで意欲満タンになるのは、数千年に一度の奇跡だというのに。赤根さんは「まあまあ」となだめすかしてくる。


「実を言うと、君にある任務を頼みたいんだ」

「任務って何ですか」

「芹沢を、風呂に入れてほしい」

「はあ?」


 なんだそれ。水嫌いの動物じゃあるまいし。気の抜けた声を漏らして呆ける俺に、それまで神妙な表情を作っていた赤根さんはくわっと目を開き怒り全開になって熱弁した。


「あいつ最近風呂入ってないからくせーんだよ! 俺が入れっつっても入んねーしよ! もう我慢ならねー、明日クアハウス碁天が温泉の日で入館料半額だからさー、ちょっと君から誘ってみてくんない? おれ不潔なやつと一つ屋根の下で暮らしたくねーんだよ! 分かる!?」

「アッハイ、ワカリマス」

「おこづかいやるから、ね? 徹底的に清潔にしてきて。任せた」


 赤根さんは俺に五百円玉を握らせてばしばし肩を叩いた。子どものお小遣いじゃあるまいし、もうちょっと弾んでくれても……とりあえずポケットにしまい込んだ。


「じゃ、仕事しよっか。明日休みだから夜遅くまでこき使っても大丈夫だよね?」

「そ、それはちょっと、勘弁してください……」

「もー、冗談だよジョークジョーク! ノリ悪いぞ男子っ」


 きゃぴきゃぴっと星を飛ばす赤根さんだが、ブラック企業ジョークはたいがいにしてほしい。あんたが言うとジョークに聞こえないから。

 結局俺は彼に言い付けられるまま夜十時まで作業場で働き、機械的に夕食を摂って死んだように眠りに就いた。




 お読みいただき、ありがとうございます!

 不安でいっぱいの中投稿を始めたので、皆さんからブックマーク&評価をいただき、涙が出るほどうれしいです。

 9月中には完結しますので、今後もゆるゆる~っとお楽しみください。

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