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19歳ニート、山形で農業はじめました!  作者: 羽火
第一章 農家の日常は大体こんな感じ
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6. 今日も明日もブロッコリー

 午前十時に出発し、赤根家に戻る頃には十五時を回っていた。


 トラックから降りた那須くんは、「メシ食ってくる」と自分の車の方へ行ってしまった。と、思ったら戻ってきた。何だ何だと注目していると、いきなりビニール袋に入った正体不明の物体をこちらに投げつけてきた。


「オラ、焼いて食え」

「どわ! な、あ、イカ……?」

「アオリイカ。こないだ餌木で釣ってきた。お前らんとこでも分けて食え」


 それだけ言ってぶっきらぼうに立ち去る那須くん。

 イカ釣ってきたって、想像の斜め上を行き過ぎだよあのヤンキー……。ともあれ俺は赤根家にあがって、冷蔵庫のチルド室に冷凍イカを入れておいた。

 一息つこうとお茶の間に入ると、ちょうど三人がお茶を飲んで休憩しているところだった。どうやら、とっくに昼飯は食べ終えたらしい。一回分食事作りを免除されて一安心だ。


「お疲れ様です……那須くんからイカをいただきました」

「イカ! グッジョブ! イカ焼きにして七味マヨネーズ!」


 ちゃぶ台に頬杖をついてだらだらしていた赤根さんが、ぐっと親指を突き立ててリクエストしてきた。あんた完全に酒の肴にする気だろ!


「新鮮なら刺身にしてもいいだろ」

「いや、ここは大根と一緒に煮るべきだ。商品にならない大根が腐るほどあるのだから、新鮮なうちに消費しなければ」


 芹沢さんと九条さんが、真剣な面持ちでイカの就職先について議論を交わしている。

 俺はボイルして醤油マヨネーズに一票! ゲソ天も好きだけど、油がバチバチ跳ねるから作るの面倒くさいんだよなあ。イカはなにしても美味いからほんと偉大。


「しっかし那須のやつ、魚嫌いなくせによく釣り行くよなあ。ドMか?」


 赤根さんがぼりぼり煎餅をかじりながら失礼なことを口走る。へえ、魚嫌いなんだ。


「お前がよく魚が食いたいって言うからだろ。那須は情が深いんだから、あまりあれこれ言って困らせるな」

「あー、はーい」


 芹沢さんから釘を刺され、赤根さんは得心がいったという表情でこくこく頷いた。

 なんだよ、那須くんって見た目によらず超いい奴じゃん……先ほどの堂に入ったセールストークといい、俺の中での那須くんの印象はウナギ・ライジングである。

 なんとなく、恩人のために魚をとってきてくれる野生動物のように思えてきた。


 安売りのお菓子とインスタントコーヒーで一服つき、赤根さんは時刻を確認してこれからのスケジュールを発表した。


「じゃあ、芹沢はいつも通り那須と一緒に大根と白菜採ってきて。天見くんは、九条と一緒にブロッコリーの収穫ね。おれは白菜畑に肥料撒いた後、キャベツ採ってくるから。暗くなったら各自作業場に戻って明日の準備ってことで。はい、仕事開始!」

「また農作業に駆り出されるのか……僕はあくまで事務担当だと再三言っているだろう」


 九条さんはさも嫌そうなうんざり顔で首を振る。だって人手が足りねーんだもん、と赤根さんは口を尖らせた。


「それともあれか? 九条はこの新人一人に、全部のブロッコリー収穫させる気なのか? あの広ーい畑に置き去りにして? こんの鬼畜眼鏡! 悪魔眼鏡! 冷血漢眼鏡!」


 赤根さんはかばうように俺の肩をがしっとつかみ、子供じみた口調で大げさに非難した。呆れてものも言えないといったご様子で、九条さんが深い深いため息を吐く。


「分かった。やればいいんだろう。行くぞ、新人くん」

「あ、はい!」


 俺は食べ終えたお菓子の袋を捨てて、立ち上がった。

 ブロッコリーってアブラナ科の野菜だよな。キャベツみたいな感じで、一個ずつ畑に生えてるのか? なにぶん野菜専攻ではなかったので知識にはムラがある。

 うちの母さんが好きで、健康にいいからって毎日のように買って食べてたなあ。そのうち余裕が出来たら、実家に野菜とか送りたいな。


 故郷を思い出してセンチメンタルになっている俺の肩に、着替えを済ませた九条さんの手がのった。

 耳までおおい隠すもこもこの帽子に、エベレスト登頂でも目指しそうなガチの防寒着で身を固めている。おいくら万円するんですかと聞きたくなるほど、身に付けるもの全てが高級そうだ。


「ブロッコリー畑は数か所ある。そのうち君一人で車を運転して行ってもらうかもしれないから、しっかり場所を覚えておきなさい」

「えっ、はい、ど、努力します」


 く、車の運転だと! 引きこもりにんなことできっかよ! どうせ土手から転げ落ちて、車大破させるに決まってるって! 心の中でぎゃーすか騒ぐ俺を引き連れ、九条さんは収穫用のワゴン車に包丁と数箱の発泡スチロールを積んで、ブロッコリー畑へ出発した。



 麗らかに晴れ渡った冬空が眩しい午後三時半。

 農道を走っているせいなのか、車通りが極端に少ない。音質の悪いカーラジオから有名アニメのエンディングテーマが流れてきた。俺、車の運転出来るようになったら車内でアニソンかけまくるんだ……。ひそかな決意に拳を握っていると、九条さんが口を開いた。


「そもそも、ブロッコリーの旬は十月なんだ。秋になると一斉に大きくなって、霜が降りる時期になると生育が止まる。だが赤根農園は、十一月や十二月に採ろうと毎年試行錯誤して、結局失敗して病気だらけにしてしまう。なぜそんな挑戦をしているか分かるかい?」

「え……他の農家と出荷の時期をずらして、少しでも高く売るため、ですか?」


 一応農業高校出身なのだ、何も知らない愚鈍野郎だと思われたくない。

 九条さんは「正解。良く知ってるね」と、俺の緊張を和らげるためなのか若干大げさに褒めてくれた。


「でもまあ、今年は割と上手く行った方かな。畑によってはひどい所もあるけど」

「病気がついたブロッコリーは、全部廃棄するんですか?」

「いや。いい所だけ包丁で切り取って袋に詰めて、『カットブロッコリー』としてスーパーで売るんだ。たまにカリフラワーと混ぜて温野菜セットとかにしても、結構売れるよ」

「それはまた、かなり手間がかかって大変ですね……」

「でも、そのくらいしないと利益が上がらないからね……ああ、ここだ。降りなさい」


 九条さんに促された俺は、畑のあぜ道に駐車されたワゴン車から降りた。

 畑は鬱蒼とした桑林に囲まれた山奥にあった。ここに来るまでに、ずいぶん危なっかしい凸凹道を通ってきたぞ。俺程度のへぼへぼドライビングテクニックで運転できるのか?


 広大な畑には、等間隔にずらっとブロッコリーが植えられている。後から聞いた話では三千株以上は植わっているらしい。放射状に伸びた細長い葉の中にいくつもの丸い花蕾が鎮座して、こちらを圧倒してくる。九条さんは包丁片手に、採り頃のブロッコリーを品定めし始めた。


「いいか、ブロッコリーは大きければ大きいほどいい。片手で軽くつかんでみて、持ちきれないほど成長している物の茎をこうして包丁で切るんだ。後で脇芽も収穫するから、あまり長く切らないように注意しなさい」


 九条さんはブロッコリーの頭部に手を沿え、もう片方の手に持った包丁を茎に当てて押し引きした。どうも切れ味が悪いようで、しつこく何度もごりごりしてようやく茎が切断された。九条さんは苛立たしげにぎりぎりと包丁を握りしめて怒りをあらわにした。


「くそっ、包丁が切れん! 用具の手入れは入念にしろといつも言っているのに、一体赤根はいつ研ぐつもりだ! 赤根えええっ!」

「し、鎮まりたまえ……」

「いいから君は向こう側から収穫してきなさい。今の時季は日暮れが早いのだから、行動は迅速に!」


 サーイエッサー! と敬礼して俺はダッシュで畑の奥へ向かい、収穫作業に取り掛かった。意外と玉の部分が大きく育っている株は少ない。俺は発泡スチロールを小脇に抱え、包丁を片手に畑の中を進んで大きなブロッコリーを捜索した。


 ないない、ないない、これは……小さい。これも小さいか? 片手をあててサイズを確認し、どうにか良さそうな物を刈り取って行った。次第に男の狩猟本能が研ぎ澄まされていき、ブロッコリーの声が聞こえ始めた。


『お兄ちゃん、採り頃なのはボクだよォ! ボクを切り取ってェ!』

「よしいいだろう、ほらサックリ。お前はきっと高く売れるぞ! 俺が保証する!」

『ありがとおおお』


 ……どうやら、収穫ハイになって全部声に出していたらしい。裏声と地声を使い分けて収穫したブロッコリーと会話する俺を、遠くから九条さんが気の毒そうに見ていた。


「大丈夫か? 疲れているならそう言ってくれ」

「うあっ、だ、へ、平気です! 今のは記憶から消してください!」


 羞恥心を消すために無我夢中でブロッコリーを採りまくり、辺りが薄闇に包まれる頃には全ての列の収穫が完了した。

 ワゴン車の後ろはブロッコリーで満杯になった発泡スチロールですし詰め状態になり、バックミラーの視界が塞がれるほどだった。


 初めての収穫作業からの帰り道、九条さんが妙に優しくなった。さっきのは別に辛い現実から逃避していたわけでもなんでもなく単なるお遊びですから、憐れむような目で見るのは止めてください……。



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