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19歳ニート、山形で農業はじめました!  作者: 羽火
第一章 農家の日常は大体こんな感じ
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2. 大根洗いマシーン誕生の瞬間です

「はい着いたー。ようこそ赤根農園へ!」

「お、お世話になります」


 駅を発ってから二十分ほど経っただろうか。市街地を後にして橋を渡り、閑散とした寂しげな民家群を抜けた先に赤根農園はあった。周辺にコンビニや店の類が全くといっていいほど見当たらないので、このあたりの人たちはどこで買い物しているのだろうと心配になってしまう。


 母屋の横に二棟のビニールハウスを有し、周りは田んぼや葱畑に囲まれていた。遠くに見える山の頂にはすでに雪が積もり、青空に白い稜線がくっきりと浮かび上がっていた。空気が驚くほど澄んでいるから、夜には星が綺麗に見えるだろう。


 これから先お世話になる赤根家についての第一印象は、はっきり言って「ボロい」。

 家自体は結構大きな木造の二階建てだが、赤いトタン屋根は錆びついて今にも剥がれそうだ。軒下は蜘蛛の巣だらけ。玄関の引き戸は異常に建て付けが悪く、力を目いっぱい込めないと開かなかった。木の床も穴が開いたまま放置してある箇所がいくつかあり、危険極まりない。


 うわあ、人ん家の匂いがする。なんて心の中でのたまいつつお邪魔する。下駄箱の上に飾られた商売繁盛の恵比寿様の像には、ご飯と水がお供えされていた。


「あの、社長さんは……?」

「ん? いないよ。今母ちゃんと一緒に、鹿児島まで農業研修旅行に出かけてるから」

「えっ」

「あいつらいっつも俺だけ残して旅行するからさあ、もうおれはストレスの塊なわけだよ。まあ今日は天見くんが来てくれたから、ちょっとテンション持ち直したけどね」


 何それ聞いてない。完全に予想外の展開である。ご機嫌な赤根さんに肩をぽんぽん叩かれながら拍子抜けしていると、赤根家の前に軽トラがバックで入ってきた。


「お、収穫隊が帰って来たな。じゃあ天見くん、来てもらったばっかりで悪いけど大根洗いヨロシク!」

「へっ、大根?」


 荷物を降ろした俺は、赤根さんに誘導されるまま家の横に併設された作業場に連れて行かれた。収穫したばかりのブロッコリーやカリフラワーや白菜が、黒いコンテナに入ってそこかしこに積み上げられている。

 壁の黒板には一か月の作業スケジュールが走り書きしてあった。野菜を保管しておく巨大な業務用冷蔵庫に、ハンガーにかかって干してある大量の雨合羽やゴム手袋。壁際の棚には収穫用のハサミや包丁が収納されている。おお、まさに農家って感じだ。


 あれよあれよという間に、ゴム製のエプロンと肘まである長手袋を身に付けさせられる。スニーカーから長靴に履き替えさせられ、俺は水で満たされた大きなプラスチック製の桶の前に立たされた。


「大根をこう、水の中に浸してね。泥が落ちて真っ白になるまで洗うんだよ。葉っぱの下の首の部分にもさびが付いてるから、親指でよーくこすってね」


 同じように防水装備をした赤根さんが、軽トラの荷台から泥だらけの大根を一本取って水の中でじゃぶじゃぶ洗って見せた。透明な水がみるみる土色に変わっていく。


「で、真っ直ぐなやつと曲がっているやつに分けて、黒コンテナに十本ずつ入れていくんだよ~。虫食いとか変な形の物があったら弾いといてね。おっけー?」

「わ……っかりました。がんばります」

「今、『来て早々働かすブラック企業だ』って思わなかった?」

「思ってませんって!」


 必死に否定し、赤根さんの動きを真似てどうにか手を動かした。泥付きの大根が自分の手によってみるみる真っ白くピカピカになっていくのを見るのは、中々気持ちがいい。


「見て見てホラ、エロティック大根~」


 向かい側にいる赤根さんは、官能的に二本の足が絡まった大根を大はしゃぎで見せびらかしてくる。まったくこの人は……にぎやかで悪い人ではないけれど、お喋りにいちいち反応するのは気疲れする。


「この大根は、昔アイドルを目指して上京したけど夢破れて田舎に帰り、やけ食いで太っちゃってぽっちゃり系キャバクラで指名一位になった大根だな……」

「へー」

「うわ、すっごい興味なさそうな返事! もういいよ、天見くんが前かがみになるようなドスケベ大根探してやるから!」


 赤根さんの下ネタトークにまともに付き合うのを放棄し、無心で次から次へと大根を洗い続けた。見事に育った立派な大根をつかみ、水につけ、洗う、こする、ごしごしごし……。

 こういう根気のいる単純作業は得意だ。俺は一切の雑音や雑多な感情を捨てて、一体の大根洗いマシーンと化した。水の冷たさも、慣れてしまえば何ということはない。


 どれだけの時間が経過したのだろう。すでに日は落ちて、外は深い暗闇に包まれている。軽トラに積んであった山ほどの採りたて大根は消え、代わりに作業場の明かりを反射するほど眩しい大根がコンテナに入って積み重なっていた。赤根さんは両手を上げてオーバーに喜んだ。


「おー、すげえ! 二百本の大根がもう消えた! 天見くん集中力やばいね」

「えへへ、いやあ……」

「じゃ、次の仕事頼んでいいかな? 今度はさつまいも洗い」

「うぐ」


 俺はまたもや洗い物を言い付けられ、鳴門金時と安納芋とパープルスイートロードという名前の三種類の芋を次から次へとピッカピカにした。

赤根さんはというと、SFに登場しそうな銃型の水圧洗浄機を駆使して大根の仕上げ洗いをしていた。

 小さな穴に詰まっていた泥が完全に落ち、スーパーに並んでいる汚れ一つない大根の姿になる。一本一本綺麗にするのって、意外と手間がかかるんだな。しかしどれもこれも太くて立派で惚れ惚れする。


「あの、ちなみにその大根の品種って何ですか?」

「ん? 『耐病総太り』。美味しそうでしょ。明日の朝仙台の青果市場に持って行くから、今日中に全部洗って乾かしとかないと段ボールに詰められないんだよね」


 なるほど、当たり前だけど農家って栽培するだけじゃないんだな。収穫した野菜を綺麗に処理して箱詰めして、配達して――これは仕事の量と種類が大変なことになりそうだ。

 洗い物が終わった赤根さんは、エプロンを外して作業場の奥を指差した。


「じゃ、次は市場用のブロッコリーの枝切りしてもらおうか。そのあとはカリフラワーの葉っぱ切り、それが終わったら――」

「ちょ、ちょっと待って下さい……来たばかりでそんなに出来るかどうか」

「大丈夫だって、おれが一から十まできちんと教えてあげるから」


 未知の仕事を次々に押し付けようとする赤根さんにたじたじになっていると、何者かが背後から赤根さんの首根っこをつかみ上げた。


「優作、新入りに負担をかけすぎるな。ブロッコリーもカリフラワーも整理は終わったから、あとはお前が選別して箱に詰めるだけだ」


 人使いの荒い赤根さんを捕獲していたのは、ナイスマッスル。まさに男の中の男と称しても過言ではないような、ぶっとく逞しい上腕二頭筋をお持ちの筋肉男子だった。

 農作業で使い込まれた黒いつなぎを着て、頭にタオルを巻いている。都会のビル群より、野生動物に囲まれたジャングルの中で自給自足するのが似合いそうだ。素手で大木を真っ二つにできそう。


「うおおっ、はなせ芹沢ー! 今こそ大量の野菜を捌ける千載一遇のチャンスなんだぞ! 珍しく仙台市場からラブコールが来たんだから! 今年はどこの農家も生育不良で品薄なんだって!」


 赤根さんの鬼気迫る声で思い出した。そういえば今年は野菜の値段高騰が著しく、学校給食の供給を停止せざるを得ない自治体も出たとニュース番組で報じられていた。

 どうやら赤根さんたち農家としては、まさしく久々に巡ってきたフィーバータイムといった具合に野菜をどんどん市場に持って行きたいようだ。


「準備する量ならもう十分だろ。どうせトラックに積める分しか持っていけないんだからな。それより飯だ、腹が減った」

「おれもお腹すいたけどおおお、今日の飯当番誰? 九条? あいつ野菜料理ばっかり作りやがるからなー、おれ肉が食いたい! サラダで飯が食えるかよ!」

「農家の息子が野菜を嫌がるな」

「だってえー」


 駄々っ子のようにじたばた足を動かす赤根さんを引きずって、芹沢と呼ばれたマッスルはすのこの上で長靴を脱いで作業場の横にある扉から家の中に入って行った。

 良かった、ともあれ慣れない作業から解放されて夕食を食べられるようだ。気が抜けたとたん腹が猛烈に空いていることに気付き、俺も長靴を脱いで芹沢さんの後に付いて行った。


 水が使える場所は……あった、洗面所。石鹸を使って丁寧に手を洗った後、匂いに導かれるまま赤根家の台所に入った。食欲をそそる魅惑的な出汁の香りがふわんと漂い、寒い作業場とは打って変わって暖かい空気が俺を包む。

 炊き立てご飯と味噌汁とたっぷりの野菜料理たちが、俺に食べられるのを今か今かと待ち構えている。ここが桃源郷か。


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