side.Hi 8話 atelier arc-en-ciel
揃うべくして揃う。成すべくして成す。
そんな表現を、何処かの誰かが様々な場面で使っているのを耳にしたことがある。
けれど、私はそんな必然性を帯びた事象の現実性を信じてはいない。
だって、それって希望的観測じゃない?
でもさ、でもね…いまここに在る私達が、本当に揃うべくして揃って、七人が目指すものを成すべくして成す日を共に迎えられることがあるとしたら、そのときは十中八九自ら発しちゃうんだろうな。
私達は必然性で繋がれているんだね? てさ…
第三回個展の終幕を無事成功という形で迎えることが出来、私は、貸切のシャルールで件のユニットのメンバーと待さんと、お疲れ会と七人体制でのユニット結成を祝して、久しぶりのお酒に絶賛浮かれ中。
そして、以前さんのユニット名を考えようという提案を受け、浮かれポンチの勢いのまま七人の名前に入った色の話をしてみたというわけです。
「七色、若しくは虹に関連付けた名前はどうか? てこと?」
以前さんに問われ、頷く。
「いいかもな」
左村さんがぽつりと呟く。
「俺もいいと思う。他の奴らはどうだ? 別案があれば出して欲しい。なければ静さんの案について賛否を言ってくれ」
橋真さんが他の四人を見る。
「俺は緋色の案に乗ります。世間に自分等の名前憶えて貰うのにも一役買いそうですし」
「確かに、一つのきっかけになるかもな。俺も賛成します」
藍の言葉に鈴野さんも首を縦に振ってくれた。
「僕も賛成です」
高峰さんも続いてくれ、残るは以前さんだ。
「俺もいいと思うんだけど、ポイントは表記じゃないかな? どこの国の言語にするか、アルファベットなのか片仮名なのか平仮名なのか…」
「まず浮かぶのは英語か? SEVEN COLORS 若しくは、RAINBOW」
鈴野さんが例を挙げる。
「緋色、イタリア語では?」
藍からの振りに答える。
「SETTE COLORI か、ARCOBALENO」
続いて、左村さんも例を挙げる。
「あとは…何だ? スペイン語だと、SIETE COLORES 虹は、スペインでもRAINBOWだった気がするな」
橋真さんが、
「なぁ、ベタだけど、“アトリエ”って頭に付けるのはどうだ?」
「物作りの集団だって伝わり易いですね?」
高峰さんが票を投じ、他の皆も賛成を示した。
(であれば、アトリエ何々………あ!)
「あの、アトリエってフランス語ですよね? であれば、その下もフランス語合わせで、アルカンシエルはどうですか?」
「いいんじゃね?」
無意識に私は藍を見ていた。
「ありがとうね、藍」
「アトリエ アルカンシエルか…うん、いい感じだな」
「僕も素敵だなと思います」
「俺もいいと思うぞ?」
皆さんが口々に嬉しい言葉を返してくれる。
以前さんが、
「表記はどうする? フランス語かな?」
「静さん、フランス語のパターン、思いつくだけ書いてみて下さい」
橋真さんに言われ、私はバッグからスケッチブックを取り出し、書き出す。
Atelier Arc en ciel atelier arc en ciel ATELIER ARC EN CIEL atelier aRc en ciel
atelier arc-en-ciel ATELIER arc en cieL Atelier arc en CiEL
と、書き出すと切りがない。
程々にして、各々がこれと思うものに印を付け候補を絞り、全会一致でユニット名及びその表記が決定した。
続いて、各々ロゴ案を描き、全会一致で、私の描いたユニット名の上にシンプルに虹を掛けたものに決定した。
「俺さ、名前の色以外にも共通点あるの指摘しときたいんだけど、いい?」
と、以前さんが自分の顔のこめかみに手をやり、眼鏡のポジションを直すポーズを取る。
(あ!)
以前さん以外の六人が全員同じモノローグを呟いたであろうがゆえ、誰も声は発しない。
「俺だけなんだよ! 俺だけ仲間外れ! 何がどうしてここまで眼鏡族なの? 示し合わせたの?」
「いや、碧、俺達はただ視力が弱いだけの眼鏡族だから」
大の大人の仲間外れ発言に、やや呆れ気味の橋真さん。
「そうだよ? 碧くん、俺達は偶然仲良く六人揃ってお洒落眼鏡族なだけだよ?」
ニヤリ、と含みのある笑みを浮かべ、わざとらしく追い打ちを掛ける左村さん。
(個展のときも感じた通り、やっぱり、左村さんってこういう人なんだ…)
「あ、あの、大丈夫ですよ? 碧さんも掛ければいいんですよ。伊達だって同じ眼鏡族ですよ? きっと…」
あわあわしながら、宥めるのは高峰さん。
(きっと、て言った)
鈴野さんはというと、
「碧、男共が眼鏡族なのはユニット結成前からだ。たまたま静さんも眼鏡族だったからって騒ぐな」
「私だって、子どもの頃からですよ? 伊達で済むならそれに越したことないですよ? 安上りですし、レンズ曇りそうなときは無防備に外せますし、良いことしかありません」
「緋色、お前はそこで全力で伊達案を推すんだな?」
「ひいちゃん、ダイちゃんありがとう」
“ダイ”とはどうやら高峰さんの下の名前である橙の略らしい。
私達は好き放題にお酒を煽りつまみを頬張り、こんな調子で面白可笑しく話題を振ってくれる以前さんに乗っかり笑い合う。
「碧、これ、俺からユニット結成祝いに」
待さんが皆のグラスが空いたタイミングを見計らって、清酒のスパークリングを開けてくれた。
「待くん、嬉しいんだけど、これ日本酒だよね? ここビストロなのに?」
ボトルを受け取りながらも首を傾げる以前さんに、
「いいだろ? ビストロで日本酒出したって。これはシャンパンに並ぶ緋色ちゃんの気に入りの酒なんだよ」
「はいはい、待くんはひいちゃんが可愛くて仕方ないんだもんね?」
「お前、分かってるんなら、手出すなよ? 俺の可愛い妹分なんだからな?」
二人のじゃれあいを少し離れたところで聞いていると、唐突に左村さんが以前さんを呼んだ。
「碧くん、俺、もいっこ碧くんだけ仲間外れなの、気付いちゃった!」
「ん? 何?」
「ほらほら、見渡してみて。待さんも含めて、男は皆180オーバーの高身長なのに、碧くんだけ、小っちゃい!」
「ぐはっ! 吐血するわ」
「あぁ、でもでも、僕も81でギリですし、碧さんだって四捨五入すれば80。僕と同じです」
「ぜんっぜん、同じじゃないわ! 80まで3cm。3cmの壁はベルリンより高いんだよ! お前らに分かってたまるか!」
「ベルリンの壁ならとうの昔に崩壊している。良かったな、碧」
高峰さんのあわあわとは打って変わって、鈴野さんの落ち着き払った一言。
「なぁんだ、そっか崩壊してるのかぁ。じゃぁ良かった」
………………………。
「俺の身を削ったボケをスルーすな!」
「あははははははははは」
思わず盛大に笑いを溢した私に、
「緋色、高見の見物のつもりかも知れねーけど、お前が誰より一等チビだからな? 140cm台」
容赦のない藍の馬鹿野郎。
「ド阿呆! 50だ、つってんしょ?」
「はははははは!」
藍と私のやり取りに最初に笑い声を上げたのは、意外にも左村さんだった。
(あ! 眼も笑ってる! 何だ、こんな風に笑ったりもするんじゃん)
左村さんに続いて他の皆さんも笑いだし、つられて藍と私も待さんもこの場の全員が笑っていた。
その後も私達は騒ぎ通し、落ち着いたのは空が白んできてからだった。
「そういやぁ、緋色、お前この近くに住んでるんだよな?」
藍が思い出したように訊く。
「そう。共同玄関の古いアパート。いまは住人が私一人だけだから、共同の食堂も一人で自由に使い放題!」
「住人が緋色一人きりって…」
「転蔵さん、あ、大家さんの名前ね。近重 転蔵さんっていう書道家さんなんだけれど、すっごく良い人で、近くに絵を描ける場所を探してるって話したら、昔自分が使ってた倉庫も併せて格安も格安で貸してくれてるんだ」
「そう、なんだ?」
「うん。不動産屋さんを入れてないから管理人兼で定期的に掃除や設備点検に来てくれて、実の孫のように可愛がってくれてる。良いとこだよ」
「西日くん、転蔵さんなら、管理人業務の後ここにも必ず寄ってくれてるから、俺も顔見知りだよ?」
「そうですか…」
何やら藍は、それきり一人で考え込んでしまい、待さんと私は顔を見合わせるのだった。
シャルールの最寄、榛名駅は東急田園都市線で、渋谷駅の隣。
橋真さんがメッセージアプリで七人のグループを作ってくれ、始発が出る頃、解散となった。
私は一人残り、片付けの手伝いをし、待さんに断ってバイクを置いて、徒歩で帰宅した。
部屋に着き、スマホを取り出し、出来立てのメッセージグループのページを開く。
「atelier arc-en-ciel」
表示されたグループ名を指でそっとなぞると、何だか心がそわそわして、私はその日、中々眠れなかった。
初めてのアトリエ アルカンシエル飲み会から数日後の3月末、大家さんの転蔵さんから私のスマホに一本の電話が入った。
転蔵さんはアパートの共同の電話に掛けることが多く、スマホに掛けてくることは珍しい。
怪訝に思いながら出てみると、急で申し訳ないけれど、1週間後に一人新しい住人が入ることになったと告げられたのだった。
atelier arc-en-cielのメンバーのメインのパソコンには、静止画や動画で残した私達の思い出をアルバムにして保存してある。
それは、個々のパソコンとも共有のフォルダになっていて、データのアップデートの担当は特に決めていない。メンバーであれば、誰でもいつでも自由に閲覧とアップが出来る。
結成から何年も経ったいまではもう、数え切れない程の画像が保存されていて、atelier arc-en-cielの足跡と呼ぶに相応しいものになっている。
そんなアルバムの一枚目は、2018年3月25日、初めてのユニット飲み会の日に酌み交わしたあのシャンパンと日本酒のラベルを並べた写真だ。
誰が追加した機能かは知らないけれど、何時の間にか画像の一枚一枚に閲覧回数のカウンターが付いていて、膨大な数の画像の中で、未だに一等回数の多いのはこの一枚目だ。
私はそれが無性に嬉しい。
今週もお読み戴き、どうもありがとうございました。
次回、side.Hi9話 ではなく、ここで一旦視点を変えまして、side.A 1話 3拍子 は5月15日火曜日午前0時 掲載予定です。